小卒試験を導入すれば、世の中からねたみが消える

のつづきです。

貧乏人が金持ちをねたむ。低学歴が高学歴をねたむ。ねたみは人間のもっとも汚い感情の一つであると言ってもよい。

ではなぜ人はねたむのだろうか。例えば私はベンチプレスを130キロ挙げたことがあるが、150キロ200キロ挙げる人をねたむだろうか。あいつは才能がある、実家が太いから筋トレばかりしていられるんだ。良いサプリを使えるんだ。ジムが成功したのもまぐれだ。こう思うだろうか?思わない。

これは私が他のものも持ってるからだろうか?違うと思う。真の理由は、ベンチプレスを高めるために努力した経験があるからだ。200キロを挙げた人も、きっと150キロくらいで一度苦労したはずだと思うからだ。それを研究と努力によって突破して達成したことがわかるから、ねたみではなく尊敬という感情を抱くのだ。

私は以前に、他人をリスペクト出来ない人間はOSSから排除するしかないということを言ったが、これは彼が、自分で苦心してソフトウェアを作ったことがないからリスペクトを欠くのだ。

リスペクトがない人はOSSから排除するしかない

配信を荒らす人も同様。配信をしたことがあれば、その配信をくだらないと思うことはあっても、荒らそうとは万が一にも思わない。その配信者がどういう気持ちで配信を続けているか理解出来るし、荒らされることがどれほど嫌なことかわかるからだ。

つまり、ねたみを減らすためには経験や努力を共有するしかない。

小卒試験では、全小学生が10%の合格に向かって必死で勉強する。10%に入れたら国から厚い保護を受けながら勉強が出来るのだ。また、もしそこで勉強せずに中学にも進学出来なかったら、本当に無学な人間になってしまい生きていくにも不利になってしまうから、どんなバカ親だって多少なりとも子供に教育をする。

こうやって、みんなが小卒試験に向かって努力したという経験と努力を共有することになる。ねたみが消える。

ねたみが消えることに貢献するであろうもう一つの要因は、合格が狭き門であり、大半は落ちるという事実だ。多くの人は、あるいはその人が凡庸であればあるほど、みんなと同じであることを望む。9割は落ちた。自分も落ちた。そう思えば、その中ではねたみが発生しないし、合格者に対してはリスペクトが生まれることになる。

ここでシンガポールのPSLEについて私が懸念していることが一つある。仮に小卒試験において合格者比率を10%から90%にしたらどうなるだろうか?落ちた人間は鬱屈し、犯罪者になるだろう。自分は下位10%の人間なんだ。ゴミなんだ。もうおれの人生は終わった。こんな遺伝子をよこした親が憎い。中学に進学出来たやつらが憎い。こんな感情が生まれるはずだ。

シンガポールのPSLEがやってしまっていることがまさにこれに相当する。合格者の3軍と不合格者をあわせるとちょうど10%程度なのだ。この10%はどういう気持ちでいるのだろうか。日本もシンガポールと同様に、知的資源で戦っていくしかない国であるから、小卒試験を導入する日はそう遠くはないと感じる。その時には、このブログを参考にしてほしい。

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