テストステ論

京大卒の高テス協会会長がテストステロンに関する情報をお届けします

読んでいただくということ

私が前職日立時代に学んだことの一つに「読んでいただくためには努力をしなければいけない」ということがある。「何を当たり前のことを?社会人の基本だろ?」と思う人も多いのだろうか。しかしあなたはそれを本当に実践出来ているのか?手を胸に当てて振り返ってみてほしい。多くの場合、傲慢である。40になろうと50になろうと、勤続20年30年だろうと、ダメなものはダメだ。

人に文章を読ませるためには

  • 正しい言葉を使うこと
  • 言葉の定義が明瞭であること
    • 同じものを示す言葉には重複のない同じ(identical)言葉を使うこと
  • あれ/これ は自明でない場合を除き、極力使わないこと(一般化すると、相対的な表現は基準が明確でなくなる可能性があるため出来るだけ避けるべき)
  • 構成が明白であること
    • 結論が一目で分かること
    • 主観・客観が明白に分離されていること
  • 文は分かりやすい方がよい
    • 語順(係り受けなど)は正しくなければいけない(このためには英語で考えてから日本語にするなどが有効な手段である)
    • 文は短くあるべきだ
    • 視点が一定であるべきである

すべてを満たさなければいけない。日立という会社はとにかく文書が多い。従って、書いた文章や送ったメールを一生懸命読解してもらえるとは限らない。大抵の場合は斜め読みされて、そのまま忘れ去られる。「そんなことあったね」くらいの記憶として残れば十分である。ある種の人は、ゴミみたいに分かりにくいメールを送りつけてきて、それを読み完全に理解されたことを前提として話を進めて、読んでいない理解してないと知るや汚い言葉で責め立てるものだが、このようなことは、無論論外である。メールは読んでもらえるとは限らないし、発した内容が完全に理解されるとは限らない。コミュニケーションとはそういうものであり、その不完全さを前提にして行動しなければならない。そして、その不完全さを少しでも解消するために、このコミュニケーションの価値に応じた努力をする価値がある(逆にいうと、ゴミみたいなメールを送ってくる人は、読み手とのコミュニケーションを軽んじているということでもあるのだ)。

私は何が言いたい?最近、不愉快なことがあった。数日前、携帯の回線が切られたのだ。「なぜだ!?」と思って調べてみると、1週間前にチャット機能で

「14日期日2月請求分はEメール又はお支払いハガキを送付しています。到着し次第ご確認下さい。問157へ」

というメッセージが届いている。どうやら私はこれを読んでいたらしいのだが、回線を切られてからやっと「あぁそういうことだったのか」と理解した。この文章には欠落した箇所が多すぎる。そのため、理解出来なかったし、理解しようと思いもしなかったのだろう。バカの書いた文章は理解する価値がないに決まっている。この文章が持つ問題点のうち何点か指摘する。

  • 期日という言葉は「特定の日」を表す。ここではきっと「14日に振り込まないといけない」ということを言いたかったのだろうが、だとしたら期限という言葉が正しい。
  • 何月14日なのか全くわからない。情報の欠落。大体、14日と書くくらいならば3/14と書けばいい。
  • このメールを無視すると何が起こるのか全くわからない。携帯の回線を止めるとなぜ書かない?
  • なぜ「又は」なのだろうか。振込が必要なのであれば支払いハガキが届くはずだ。ここで又はでつないでいるものは両方とも「支払い可能」型とは限らない(一般には違う)。明らかに支払いハガキが必ず届き、メールは補助的に届く。そもそも、メールが届くのであればなぜチャットでメッセージをよこしたのか理解出来ない。メールをよこす前に「メール送るよ」とチャットで通知する必要があるのか?ストーカーか?気持ちが悪い。
    • そもそも、Eメールであれば送付とは言わない。

私ならこう書く。

「2月分支払い滞納。支払い期限3/14で支払え。さもなくば回線一時停止する。問157」

短いし、脅迫感が伝わってきて良い。このくらい言わないと、よほど暇な人間でなければわざわざコンビニで支払いなんかしない。大体今回の支払い失敗はクレジット会社のせいであり私のせいではない。大体において、クレジットで支払っているのだからまずはクレジット会社と相談してくれよと言いたい。こういうメールが送られてくるとパニックを起こしてしまう人がいるのだろうか?

ポストを見ると、山盛りの郵便物の中、それはあった。私は郵便物はすべてゴミだと思っているので見たくない。絶対に読まないので送らないで欲しい。全部メールで送ってほしい。

送られてくる文書のほとんどは読みにくい。本質的でないことが書かれすぎていて要旨がわからない。正しい文書の形をしていない。ただアリバイ目的に送りつけているスパムのようなものであり、本当ならば2、3行で伝えるべき内容をB5用紙いっぱいに引き伸ばして、何を隠したいのか本質をあやふやにし、その上で何の脈略もない宣伝を添えて送ってくる。この世のどこにそんなものを読む暇人がいるのか。迷惑なので法律で禁じて欲しい。

そもそも、私は各社からゴミのような封筒が送られてくると毎回、侮辱された気持ちになる。なぜか?先に述べたように、もしこれが重要なコミュニケーションにならば費用と時間をかけて私に読んでいただくよう配慮するはずだからである。文書自体ゴミでありその配慮が見られないし、それ以外に私が根本的に気に食わないのは、封筒が開けづらいことだ。

私は携帯会社からの封筒を試しに真ん中一直線に開いてみた。もしそれが重要な書類であれば、私がどのような精神状態でそれを開けても書類は安全であるよう配慮されているはずだからである。しかしなぜか、書類は真っ二つになった。なぜだろうか。なぜ読み手である私が、どんな価値があるか未確定である文書のために配慮しなければならなかったのだろうか。そう思うと涙が出そうになる。なぜ私は虐げられた弱者なのか。

こうしたら開けてやるくらいはする、という要件をここに申し立てる。書類はジッパー的に開けられるようにしろ。具体的にはプリッツやポッキーのような開け口にしろ。これならば開けてやるくらいはする。もしポッキーを開けるためにカッターないしはハサミが必要だったら誰も買わない。食品業界の努力に比べて、あなた方は努力が圧倒的に足りないと知れ。 さらに、私に読んでいただくためには、その書類を無視した時のペナルティを簡潔に示せ。それが書いてない限りは、緊急性は低いものだと判断して読みたくない。人がコミュニケーションを行うのは、そこに価値があるからに他ならない。

日立の寮にいた時から私の郵便ボックスはいつも満タンだった。京都に住んでいた時も今もそうだ。とにかくずっと腹が立っている。私が異常なのかどうかは別にして、各社には少し配慮をしていただきたいものだ。