テストステ論

京大卒の高テス協会会長がテストステロンに関する情報をお届けします

【25年目の麻布中学合格体験記】ぎりぎりC会員

多くの子供がきっとそうであるように私も中学受験までは、自分の意志で勉強していたというわけではなく、目標も自分で立てていなかった。それ以降は明確に自分の意志でこれを勉強するとかしないとかを決断するようになったが、小学生のうちは志望校に対する漠然とした憧れや、落ちたらバカにされるという感情でしか勉強していなかった。

競馬では、馬7人3などと言われる。強い馬に乗ったら無難に乗るだけで勝てるという意味だ。

しかし中学受験は、どんな素質のある子供でも、親がきちんとコントロールしないと駄目なのではないかと思う。

中学受験は親が9割 最新版

中学受験は親が9割 最新版

中学受験は親が9割などと言われるが、これは少し誇張だと思っていて、じゃあ親が完全にコントロールすればどんな素質のない子でも一流校に合格出来るかというとそういうことにもならない。割合というよりは、「必要条件」という表現の方が正しいのではないか。すなわち、中学受験で成功する子の親は為すべきことをしていた、である。今思い返すと、私の母親はそういうコントロールはうまかったかも知れない。また、前に話したように、早い段階で読む力をつけるための強制訓練をさせるなど、特に初期の段階では中学受験成功に向けてしっかりと練られていたように思う。

その甲斐あってか、入塾から私は、成績が落ちたという記憶がないまま、ぐんぐんと成績を上げていった。算数は得意だとか、理科でも食塩水や分銅の理数系問題は得意だが、花の名前とか知識問題は苦手だとか、得意不得意の色もすぐに決まっていった。算数と理科でいかに稼いで、国語と社会での出血を出来るだけ少なくするという戦略は中学受験が終わるまで変わらなかった。

さて、私が通っていた塾は四谷大塚の準拠塾だったので、4年時だったと思うが、四谷大塚のクラス分けテストを受けることになっていた。なっていたから特に準備をしたかというとそういうわけではなく、中学受験では小さな試験から大きな試験まで色々な試験を何度も何度も受けて、受験マシーンになってしまうから、いつもより大事なテストがあるくらいの感覚だった。受験マシーンになると、席に座ってテスト用紙が配られるだけでそれを解くことだけに集中出来るようになる。

今は一番上にS会員というものがあるようだが、当時はC会員が一番上だった。C会員は「正」会員と呼ばれ、これに合格出来るととにかく他人に自慢出来るという話だった。私は、他人をバカにするのが大好きで、逆にバカにされるのは大嫌いなので、準会員だかB会員だか下等階級には絶対になりたくないとは思っていた。なったら自決の他ない。このクラス分けは塾でのクラス分けとは無関係なのだが、こういう試験は、「格付け」に関わるというのを本能的にわかっていた。ここで負けてしまうとB会員なりの学校にしか行けないだろうということだ。C会員とその下のB会員は明確に待遇が異なり、土曜だか日曜に受けに行く四谷大塚の試験(週例テストだとか言ったか)も別物になったりと、とにかくB会員になるイコール屈辱であり死であり、もしB会員になっていたらたぶん中学受験は終わっていたと思う。

試験は300点満点で、確か、その時のC会員のボーダーは215点くらいだったと思う。私は224点で、本当にぎりぎり合格した。超トップ層は270とかをとってしまうが、それ以外ではかなり出来る子でも240点くらいという感じなので、ボーダー付近にたくさん密集してる感じで、運次第でCとBが入れ替わる人が大量にいたことだろう。私もそのうちの一人だった。こうして、たった9点を運で引き寄せたおかげで、私の中学受験は続くこととなった。

しかし運だろうが何だろうが私はC会員になったわけで、私が思ったのは、「自分は一発勝負には強い」ということだ。思えば、入塾試験だって、なんとかぎりぎり下から8番で滑り込めた。今回も下から9点で滑り込めた。たぶん、自分は一発勝負だったら十二分に実力を発揮出来るタイプなんだろうと、実際そうかどうかは知らないが思い込むことが出来た。京大の試験で前期が落ちてしまい後期試験に追い込まれた時も、自分はここでは死なないはずだと信じることが出来た。勝負ごとにおいて、思い込みは大事だと思う。

このクラス分けでは下剋上が起きた。入塾試験の時「上から」8番だったやつが失敗し、ぎりぎりBになってしまったのだ。彼は絶望していた。おそらく上から10番くらいのやつらは他全員C会員になっていたと思うが、そいつだけ失敗した。これはかなり達成感があった。私は、入塾時こそ日能研のE組レベルだったが、そこから勉強して、中学受験の中盤に差し掛かる頃にはすでに上位校が見える位置につけていたことになる。

何が良かったのかと考えると、中学受験は3年の長丁場で、4年から6年までフルスロットルというわけには到底行かないから、周りもあまりエンジンがかかっていない時期に鞭を叩いて追いついてしまって、そこからは順調に上がっていくという戦略が良かったのだと思う。周りがエンジンをかけはじめてから追いつこうとすると、厳しいことになり、永遠に追いつけず、やる気を失うハメになる。中学受験はスタートダッシュが重要だ。

週例テストでは、常にボコボコだった。当時、自分の代には近藤宏樹というやつがいて、この天才児が常にトップに君臨していた。彼はチャレンジ算数という大学への数学の小学生版のコンテストでも常に上位に名前が乗ってたし、後に開成にいって数学オリンピックで銀メダリストになったらしい。週例テストで答案が却ってきても、私は上位者名簿の中にスーパースターの名前を眺めるだけで、自分はC会員の中で偏差値50とかそんなレベルでボコられてた。たぶん5回くらい受けて、もういいやということになりおえた。