おれは母親に棄てられかけた。

この人生シリーズは、おれが自殺する前に 記憶を整理し、本当におれの人生には価値がないのか確かめる という目的もある。

今回は、おれが時々思い出す、 母親に棄てられかけた光景について整理しよう。

おれが生まれた時、家族は なんとか荘とかいう ボロボロのアパートに住んでいた。 両親は北海道の出身で、こっちには身寄りがなく、 とにかく二人で横浜に出てきて、 そのボロアパートから生活を始めた。 風呂は、大きめのダンボールくらいの大きさしかなかったように記憶している。

そこで、おれは生まれ育った。

近くにはおばあちゃんが経営する駄菓子屋があった。 10円の変なヨーグルトで、5回連続当たりを引いたこともある。 駄菓子屋にはよく行った。 100円くらいの発泡スチロールの飛行機もよく買って、飛ばした。 調べると、「ソフトグライダー」という名前らしい。

近くには養鶏場だか養豚場もあり、 はっきり行って良いところとは言えなかった。

今回の本題であるところの光景は、 おれの母親がもう嫌だと行って、 おれを棄てて自転車で駆けていく光景だ。

おれの父親は、おれが子供の頃から酒飲みだった。 そういうのも嫌だっただろうし、 あとは貧しいのも嫌だったということだと思う。

母親の実家は、その田舎ではかなり立派な家で、 おじいちゃんは正何位だか忘れたか、なんか表彰もされていた。 それが一転貧乏になったから、嫌だったかも知れない。 実家は何不自由ない家庭だったと話すことは、それ以降もよくあった。 その度におれは、この人は結婚したことを後悔してるのだと感じていた。

おれの記憶は、駄菓子屋の前をおれの母親が 自転車で逃げていき、 おれが「行かないで」と泣き叫びながら 自転車にしがみつく光景から始まる。

それ以前の記憶はないから、 何があったかはわからない。 周りは明るかった。

とにかくおれは棄てられかけた。 結果として棄てられずに済んだけど、 棄てられかけた。

そういうことかも知れない。彼女がおれを仕事として育て、 おれが彼女から一切の愛情を感じられなかったのは。 実際に棄てられかけたものが、 結局、産んでしまった責務として育てられたのがおれだからだ。

記憶をたどっても思い出せないことがもう1つある。 それは、おれの弟がどこにいたかだ。 おれは自転車にしがみついていた。 ここで母親が行ってしまったら大変なことになると思ったから、 行かないでと泣き叫んでいた。 そうだ。おれは、泣き叫べば母親の母性に訴えかけられると思ったからそうした。

棄てられるということが何を意味してるのか理解してたと思うし、 たぶん、3歳より上だっただろう。

となると、その時には弟が生まれていたことになる。 では、弟はどこにいたのか?

これが思い出せない。 しかしおぼろげに、母親がおんぶひもで 弟を背負っていたような気がするのだ。

だとすると、 おれは棄てられる側の子供で、 弟は拾われる側の子供だったということになる。

おれが子供の頃、母親に対して、 愛情が弟に偏っているということを歪んだ物言いで抗議したことがある。 小学生の頃だ。 しかし、その時の返答は、そんなことはなく平等に接しているということであった。 おれは、その時はそれで納得したのだ。

しかし、こうやって記憶を辿っていき、 もし弟がおんぶひもの中にいたのだとしたら、 愛情が偏っているというおれの考えは正しかったことになる。

確認のため、もう一度だけあの光景に戻ってみる。

本当におれは棄てられかけたのだろうか。 もしかしたら、母親はおれと弟の二人を連れて家出しようとしただけであり、 おれはそれを止めていたというのではないだろうか。 しかしだとしたら、父親がいない時にそっと子供二人を連れて田舎に帰ればいいだけの話だ。 自転車に乗っている母親にしがみついて止めたというのは間違いなく事実だから、 そういう展開にはならんだろうと思う。 ほとんどの子供がそうであるように、子供の頃は母親のことが好きなものだから、 もし一緒に家出しましょうということになれば、当然それに従ったと思うからだ。

だからやはり、おれは棄てられかけたというのが真実ということになる。

この人はおれを棄てようとした人間なんだ。 そう思いながらおれは育った。

なぜおれを産んだんだろう。結局不幸になった。 安楽死がないから楽に死ぬことすら出来ない。

たまに、外を歩いていると、「もう歩きたくないー!」とか言ってる 子供に対してお母さんが「もう勝手にしなさい」と突き放す光景を見る。 これが、あの光景を思い出させる。 ふと気づくと、「やめろ」と言ってその母親の首に手を掛けている。 もちろん、想像の中の話だ。

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