麻布卒が「麻布という不治の病」を読みました。

はタイトルどおり、 麻布という世間から変わってると思われている学校が、 やっぱり変わってるということを、先生や生徒への聞き込みを中心に書いた本だけど、

今回読んだ「麻布という不治の病」

は、OBへの聞き込みが中心で、 麻布学園を出たことが今の人生にとってどう影響しているかということが語られていて、 その共通項として麻布病というものがどういうものか探っていくような本だった。

麻布を志望する子供のほとんどが、その自由な校風に憧れて入るけど、その自由というのは 少しばかり賢いとはいえ小学生が想像しているものとは違う。 入学する前に思い描いてる麻布の自由というのは表面的なもので、 おそらく在学中にもそれ以上のことについて深く考えることはしない生徒がほとんどのはずだ。 おれの場合はそうだった。

卒業してから大体20年くらい経って、 いくらか社会経験を積んだりしていく中で 一体麻布学園での6年はおれの中でどういう意味があったのだろうかと考えることがあり、 この本に書いてあることはまさにそんなことだった。

だから、おれと同じく麻布出身のやつらは読むと楽しめると思う。 他には、これから麻布学園を目指そうと思っている家庭なら、親も子も両方読んだ方がいい思うし、 (不幸にも)麻布卒の同僚を持ってしまった人も読むと、彼らがどういう価値観を持っているかを垣間見ることが出来て 付き合うのが楽になると思う。

麻布卒の人間は、生きることに苦労する傾向にあると思う。 それは、どんなことについても納得するまで深く考える姿勢が身につくからで、 自分の人生はどうあるべきなのかについても深く考えてしまうからだ。 また、結果として自分らしさを追求することも、人生を(一般的な意味では)ハードモードにしやすい。

おれは社会に出てから最近まで、色々なことに悩んできたわけで、 それは主に、人間との付き合い方だ。 麻布学園で6年を過ごしてしまうと、一般社会で堅実に生きようとする人たちと 価値観がまるで合わなくなってしまう。 おれからすると、どうしてそんなしょうもない考え方をするんだろう(さっさとちんこ切って死んだ方がよくないか?)と 思うことが多くあり、鬱陶しいので関係を断絶した人間は少なくない。

今現在、おれは毎日が快適なのだが、どう考えるようにしたかというと、他人は基本的に全員排除することにした。 でも仕事は仕事としてやらないと生きていけないから、これは同僚として付き合うことにして、 人間としての付き合いを極力ゼロにすることにした。

現代では、家で働くことも出来るし、あらゆるノイズを消して、コードに集中すれば十分だ。 幸いなことに今は新型コロナウイルスも追い風になって、本当に人に会うことがなくなって快適だ。 仕事の上では、他人になにか期待するのもやめることにしたらすごく楽になった。 事実として、おれと同等の知能を持った人間はそうそういないわけで、 他人に期待すると、落胆することの方が多いのは当たり前だろ。

他人はおれより劣ってるということ事実自体に気づくのにも随分と時間がかかった。 おれは他人の頭が弱かったり、それにも関わらずロクに努力もしないのは、 トロールしてるのだと思っていつも苛ついてきたけど、 これは考えてみれば自明なことで、おれが頭が良いのは生まれつきであり、 おれが猛烈に努力するのは麻布学園の出身であり、京大の出身だからだ。 努力することに価値があるとわかりきってるから、努力するだけだ。 その他多くの人は、自分が努力をしてもそれが人生を好転させると思えない。 そういう成功体験自体がなく、諦めている。だから努力すら出来ない。 こんなことにすらずっと気づけなかった。 麻布の外を知らないから、 いざ外に出てみると、一般人の境遇を理解出来ない。 おれは、麻布卒だからというのをシグナルに使うことは良いにしても、 それをもって自分は優れてると思い込んだら人間はおわりだと思っているけど、 特別な存在だということをもっと早く知っていたら、こんなに破滅的な人生を送ることはなかったと思う。

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他人を全排除して、他人を基本的には全員白痴やゴミ呼ばわりして、 ほとんどの場合に他人から嫌われて生きる道は、ふつうは選ばない。 それはむちゃくちゃ困難なことだからだ。 でもおれにとっては、この生き方が一番心地が良いし、 自分らしく生きることが出来る。 そもそも、高知能な人間は、精神病になったり、挙げ句自殺したりすることがとても多い。 そういうことを考えれば、おれの場合は自殺せずに生きてるだけで十分なんじゃないの?

この本に登場したOBたちとは違って、ネガティブな意味にはなってしまうが、 これはこれで麻布卒であることがおれの考えを支えている。 この生き方が困難であることは知っているし、その結果色々と不利を負うことは わかっている。結婚も出来ないだろう。 その責任は全部自分で負うことを覚悟の上で、おれは、自由に生きることが出来る。 ふつうならば、それでももう少しまっとうに生きてみようと思うところだろうけど、 おれは麻布卒なんだと思うと、別にこれはこれで自分らしいと言えるんじゃないの? 他の人には出来ないだろうけど、おれなら出来るんじゃない?と思えてしまう。 こんな人生になってしまってはいるけど、おれは麻布に入ってよかったと思っている。


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