【25年目の麻布中学合格体験記】入試本番

いよいよ入試本番だ。

1日目:麻布中学

麻布中学の入試は長丁場で、午前と午後に渡り行われる。お昼休憩もあり、各自お弁当を持参する「そうだ」。

記憶がない。お弁当を食べた記憶すらもない。

受かってるのだから、気が動転していたというわけではないだろう。きっと試験に集中していたから、その他のことは一切記憶がないのだ。自分が麻布中学を受けたという事実自体を疑うレベルに見事に記憶がない。

そこで、覚えてることを話す。シャープペンのことはすでに話したから、席がガタガタしたから紙を挟んでもらったことについて話す。

私が座った席は、左サイド後方だった。これは覚えている。座ってから周りを見渡したが、気後れはしなかった。どの試験でもわいわいしてるやつはいるし、かといってそいつらが優秀だとは限らないということは知っていた。むしろ、どこかで見たことあるやつがいて、「また会いましたね」と内心楽しんでいた。

麻布学園は、今は少しマシになってきたような話を聞くが、当時は校舎も古ければ中の設備も古かった。座ってみると、机がほんと多少だがガタガタした。普段の試験なら、まぁそのままやり過ごしてただろうが、大一番なので私は勇気を出して、「すいません、机がガタガタ鳴るのでどうにかしてもらえませんか?」と試験官に頼んだ。すると試験官は、待ってましたと言わんばかりに胸ポケットから紙を取り出し、それを折り畳んで机の下に挟んでくれたのである。そして、「がんばれ」と言って去っていった。この時、麻布の教員の用意の良さに驚いたものである。センター試験とか一般向けの試験だったら、「特別扱いは出来ません。そのまま受けてください」か、良くて「今職員室に行って紙を取ってきます」だろうが、その試験官はすでに用意していたのである。まさに、

https://d33wubrfki0l68.cloudfront.net/3aaf0af32b685a65cedf817d85fccd85e597a228/51b29/images/1572145639.jpg

と言った感じであった。

これは恒例かも知れないが、朝集合した時か昼休憩時かは忘れたが、体操があった気がする。受験生の緊張を解すことを目的としたものだろう。このように、受験生がベストを尽くせるように学校側もベストを尽くしてくれる。麻布学園は、どんなダメな学生でも見捨てたりはしない、面倒見が良い学校と言われるが、そういうところは入試の時点から表れているわけである。

すでに話したように、算数は計算ミスをし、国語は会心の一撃を出し、社会は貝塚に関する問題で全くわけがわからず40点中10点あるかないか、理科はいつもどおり30点強という感覚で、合計では110点から120点くらい。当日の感覚としては、やってしまった・・・という感覚であった。過去問を見ると合格最低点は高い時で120点くらいある時もあり、それを引いたら落ちるという形勢判断だった。蓋を開けてみると合格最低点が100点を切る難しい年だったわけであるが。

中学受験生は受験マシーンである。囲碁マシーンたる囲碁の棋士が、盤面の数目まで形勢判断をするのと同様に、受験マシーンになった受験生も、数点まで形勢判断が出来る。これは実際、かなりの精度で当たる。だからこそ、試験中にもやばいということがわかって混乱するし、終わったあともずっと後悔するのである。

行きは母親と一緒に行ったが、帰りは一人だった。麻布学園のある広尾から地元の街に着いた時は、周りはもう薄暗かった。バスを待ちながら、算数の計算ミスのことを悔やんでいた。その6点かそこらを拾っていれば、安心出来たからである。寒いということもあり、早く家に帰りたいと思っていた。

その日、それからの記憶はない。家に帰ってから、泣き崩れていたのかも知れない。

2日目:栄光中学

栄光中学は、大船駅から歩いて丘の上にある。坂を登るのが辛かったということだけは覚えている。中学に入ってから、一度栄光の湿気た文化祭に行ったことがあるが、その時も「こんな坂毎日登ってあったまおかしいんじゃねえの?」と思ってたから、中学受験で弱っていたというよりは、本当に急坂なのだと思う。速筋優位の人間は栄光に通うことが許されない。

試験は抜群に出来た。得点でいうと、9割近くとれてしまったのではないかと思った。毎年、トップ合格は9割くらいだということだが、それに近い手応えがあった。

この時点で、麻布か栄光に合格の条件は満たせたと確信した。しかし栄光には行きたくなかったから、「麻布たのむーー」と祈っていた。

3日目:浅野中学

完全におちゃらけていた。滑り止めとしての出願ではあったが、すでに栄光で滑り止まってしまっているので、完全に気が抜けていた。この学校は算数が難しくないため、普段は満点近くとれるのだが、本番ではかつてないほど滑った。どのくらいかというと、算数が苦手という子より出来てないくらいに滑った。これではいくらなんでもピンチなのでは(麻布と栄光に受かって浅野に落ちて、三冠を逃すのだけは避けなければならなかった)と思ったが、他の教科がふつうにとれていたらしく、まぁ合格はするだろうという手応えで終わった。


このエントリーをはてなブックマークに追加

See also