麻布合格者の6年秋の成績表(算数特化型)

おれは1997年に中学受験をしました。 合格校は、麻布・栄光・浅野です。 3日に麻布の合格をもらったので、4日目以降は受けていません。

この前実家に帰ったら、 中学受験時代の資料が残っていたので持ち帰ってきました。 おれは自分のことにしか一切興味がなかったらしく、 他の塾友がどこに合格していたか、今になって塾が当時出した合格者一覧表を見て知りました。 全然ダメだと思ってたやつが奇跡の合格をしてたり、かなり嬉しかったです。 逆に、当然受かってるだろうと思ってたやつの名前が一日目になかったり、 謎の現象もありました。 今ではどうでもよいことですが、懐かしいものです。

今回は当時の成績表など、歴史的資料をお見せしようと思います。 成績表に関しては、こんなんでも麻布に合格出来るんだと自信を持ってもらえればと思います。

まず背景としては、 現在の中学受験ではSAPIXが一強で、 御三家の合格確度を見るにはSAPIXの模試を受けるのがふつうですが、 当時はSAPIXはまだ伸びておらず、四谷大塚と日能研の二強でした。 ですから、この時代には四谷大塚の模試でどうだったかというのが御三家を受ける上でも 大きな意味を持ちます。

これについては、 同学年の麻布・筑駒合格者で現在医師国家試験浪人中の元神童ルシファーくんに関する記事の 中で書いていますから、参考にしてもらればと思います。

【東大理3】ルシファーは神童の誇りを取り戻せ

四谷大塚週例テスト 5年春

おれは中学受験に対して低学年から準備していたというタイプではなく、 3年秋に受けた難関入塾試験でたまたま合格してしまったため、中学受験が始まってしまったというタイプで、 4年の最初の方は偏差値50程度でうろうろしていて、そこから猛勉強して、4年の秋か冬にあったであろう 四谷大塚のクラス分けテストでC会員に合格しています。

C会員は当時は上位1000人の集団で、最高位がC1で、校舎によってはC2,C3まであったようです。 おれはテストしか受けない外部生なので授業までは受けていませんが、 どっかのC2だったと思います。

このC会員というものがどうかというと、 大体偏差値60以上のエリート集団だと思ってもらえればよいです。

今では、子供は少なくなったのに中学受験生の数は昔とほぼ変わらないという状況で、 これはつまり昔ならば中学受験はしなかったであろう層が中学受験に参加していることを意味します。 なので、母集団が平均的には弱化しており、 偏差値についても開成も当時は69とかでしたし、 当時の偏差値60というのは、現在でいえば62か63くらいに相当すると思ってれば良いと思います。

おれの通っていた塾では、 4年の総仕上げとしてこのクラス分けテストを利用していたようで、 このC会員に入るというのが、難関校を狙えるかどうかの試金石であったようです。 ですから、4年生の時に猛勉強してどうにかC会員に合格した時は相当嬉しかったのを覚えています。

四谷大塚の週例テストを受けるのは塾としては強制ではなかったですが、 C会員に合格して嬉しかったので何回かは受けにいきました。 成績は、得意の算数だけはまぁまぁよく、時々2桁順位の時があるくらいですが、他が軒並みダメで、 平均にいうと300-500番くらいをうろちょろして、ぎりぎり成績優秀者に載れていなかったようです。

当時の成績優秀者表をパラパラ見ていると、 当たり前ですが、麻布の同級生の名前が載っていました。

四谷大塚合不合 6年秋

それからもずっと、算数だけは出来るが、特に国語と社会がゴミ、 理科も知識問題はゴミという感じで6年の秋まで進み、 迎えた四谷大塚の合不合1回目ですが、こんな結果だったようです。 大体、毎回こんな感じで、他の科目がたまたまハネたり、あるいは逆ハネにより地獄のような点数をとってきたり 外部テストでは偏差値60台前半が多かったように思います。 算数しか武器がないと、どうしても偏差値60前半以上に行くのは難しいと思います。 特に国語がネックでした。

この時の判定が麻布55%、栄光45%(当時は栄光がかなり難しかった)でした。

志望順は常に麻布、浅野、栄光だったようです。 これは、仮に麻布、栄光、浅野と書くと、偏差値が高いところならどこでも良いと言ってるようで、 それでは麻布に行きたいという意志に一貫性がなく、嘘になると思っていたからだと記憶しています。

ちなみに第2回も成績が残っていましたが、 算数の偏差値は67.5ですが、その他がさらにゴミで、失敗回すぎてお見せ出来ません。 麻布オープンみたいのもありますが、悪すぎたので破って捨てたようです。

おい、なんだ偏差値が全然高くないじゃないか。まぐれ合格かと言われるかも知れませんが、 おれの場合は、塾内でのテスト (麻布と栄光をメインターゲットとしている塾なので、四谷大塚の模試とは少し毛色が違います。 3年秋に受けた入塾試験からして、思考力型・記述式でした) を優先して実力を伸ばしていたため、 外部模試とはタイプ的に相性が悪く、少し不利でした。 基本的に模試は、内部生の方が有利なように作られています。

日能研のテスト 6年秋

通っていた塾を辞めようかと思っていた時期があり、 日能研の模試を、入塾試験を兼ねて受けさせてもらったことがありました。

慣れない形式で少し混乱したのを覚えています。 混乱したなりに、がんばったようです。

塾内模試 6年秋

中学受験の終盤は本当にテストが多かったです。 塾では、外部の合不合などを利用しつつ、内部でも模擬テストというものが4回実施されていました。 塾としては、外部の模試より自分たちの模試の方が経験的に精度よく合否判定出来ると思っていたようです。

その最終回では、算数が満点なのですが、理科がこけてしまい、トータル20/87番でした。 この20番というのがどのくらいかというと、 母集団が強い小規模塾だったので、 このくらいでも浅野なら確勝。 麻布や栄光もたぶん行けるだろうという感じです。 配点は傾斜があり、100/100/75/75です。

小規模塾なので、一人ひとりの生徒に目が行き届いていて、 成績表にはこんな講評がついていました。 小規模塾の良さはこういうところにあると思います。

講評: 成績がグングン良くなっています。ゆっくりと落ち着いて考えることが出来ればもっと伸びるのですが、頭がまわりすぎてダメなのでしょう。 浅野・サレジオは95%大丈夫。麻布は80%、栄光は70%でしょう。社会があと一歩伸びれば麻布・栄光のどちらかに合格する可能性は90%以上あります。

これからの課題: 落ち着いて考えること。社会をもう少しがんばること。これだけでさらに実力が安定します。 プライドが少し強すぎる気がしますが、だからこそここまで力をつけることが出来たとも言えますから・・・まぁいいでしょう。 自分が人に何かものを言う時に、言われた人の立場にちょっとでも立つことが出来るようになったとき、一段といい少年に成長するでしょう。

他の回についても傾向としては同じで、算数で平均から20点差をつけて、 理科も多少出来て、国社はほぼ平均で回ってくるという感じでした。 ただし、平均といっても、真ん中くらいでもワンチャン浅野ならば合格可能という母集団なので、全国平均というわけではなく、 死ぬほど悪いわけではないです。

ちなみにトップは326/350なわけですが、おそらくあの天才女子で、フェリスに行ったと思います。 女子の場合、長い通学を嫌って東京の御三家は受けない傾向にありました。

麻布過去問

麻布の入試は採点が難しいので、すべて塾で解きました。 記述式の採点はさじ加減が難しく、プロフェッショナルの領域です。 自宅でやると、甘めに採点したりして、失敗すると思います。

麻布の入試問題は非常に難易度が高いため、 算数はそれなりに通用して、理科も知識問題が出ない分自分にとっては有利でしたが、 国社については絶望的でした。

麻布の国語は非常に難しく( 麻布中学の入試で一番むずかしいのは国語だ )、最初の方は過去問の点数が一桁で、泣いてました。

救いとしては、算数と理科は出来た(合わせて70点くらいはとれる)ので、 あとは国語と社会が滅亡しなければ合格点には届くという形ではあったことです。 ですから、とにかく国語はピンポイントでダブルスクールするなど、 死にものぐるいで勉強したので、本番ではハネて30点くらいはとれたでしょう。 (最後の方は過去問でも20点台には乗せられるようになっていた) 社会は配点が少ないということもあり捨てていたのでしょうがないですが、本番は10点なかったでしょう。 関西の難関校は社会がないそうですが、もし社会がなかったらどれだけイージーだったか。 関東もせめて理社を選択式にしたらどうかと思います。

麻布合格に対してどういう点数配分を考えていたかは以前に書きました。 麻布中学に合格する子はどういう子なのか。私の当時の得点戦略を振り返る

勝因

算数パンチ

麻布や栄光の問題は難しいので、 もしおれが仮に、全部漫勉なくとって偏差値60前半というオールラウンダータイプであれば 確実に不合格になったでしょう。 きっと全部受験者平均をとって落ちるみたいな形になったはずです。 浅野も危なかった可能性があります。

運が良かったのは、算数パンチがあったこと。 算数が出来れば理科も物理問題は出来るようになりますし、 母親いわく、物理問題については算数の応用で解けてしまうから家庭学習はゼロで済んだとのことでした。

さらに、入試問題では算数と理科は問題なかったため、国語の勉強に集中することも出来ました。 やはり、算数が強いというのは、中学受験ではかなり有利に働きます。

あとは、自分は思考力問題に向いていて、 麻布栄光の問題の相性が良かったとは言えると思います。

自己管理

これはおそらく多くの受験生にとって参考になると思いますが、 当時の勉強計画表です。 毎日何をやるかを完全に計画立てて、一日も休まずに遂行しました。 ゲームをしたり遊ぶための自由時間もありますが、1時間や2時間で、 その他の時間は全部勉強、睡眠時間もしっかりとってました。 小学校の勉強は無論、無意味ですから、遊ぶ場として割り切っていました。

中学受験は非常にハードな戦いであり、 猛烈な勉強量が必要です。( 中学受験の勉強量は1万時間。それに満たないやつが課金ゲーだなんだとぬかすのは甘え ) 仮におれのように、算数が得意で有利であっても、 限られた期間のうちに猛烈な勉強をしなければいけないことは変わりありません。

事実、おれは小4から小5では、身長は伸びたのですが、体重は伸びませんでした。 そのくらい、勉強しました。

計画表は自分の意志を込めるために自筆とすべきです。 エクセルで作るべきではありません。それでは、字に合格への意志がこもらないからです。 そのような計画表は、簡単に裏切ることが出来てしまいます。 なので、自筆をオススメします。