完全自殺マニュアルによって自殺はよりリアルになった

おれはもう死ぬしかない

おれはこの世界に生きづらさを感じている。

これには2つの理由がある。

1つは、人間不信。 人間は、表では仲間であるような振りをして裏では何を言ってるかわからない。 おれのことを心配だと言ってるようなやつが、 裏ではこのメンヘラ野郎が早く死ねやなんて言ってることもある。 おれは人生において、何度も裏切られてきた。 もう家族すら信用出来なくなった。

もう1つは、おれは他人の多くを白痴だと思っているからだ。 多くというのは9割以上だから特に差別的な意味はない。 見下しているだけだ。

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すごくどうでもいいことを話していたりするのを見たり、 くだらない嘘をついたり、 明らかに矛盾があるのにそれに気づいていなかったり、 調べれば1秒でわかることを調べていなかったりすると、 なんでこんなやつが生きてるんだろうとうんざりすることがある。

本当に、なぜ生きてるのだろうか。そんな醜悪・低能で生きていて何が楽しいのかがわからない。 おれは他人を見て「朝起きてこいつになってたら速攻で首吊って死ぬな」と思ってることがある。

おれは、小卒試験を導入すべきだと思っているが、本当の意図は下9割の不合格者を全員ガス室送りにすることだ。 そうすることが上1割を苦悩から救うことになり、トータルではプラスになると思うからだ。

下9割の人間というのは上1割の人間をいかに引きずり落とすかしか考えていない。 これが日本経済が停滞している最大の理由だ。

白痴どもは各々は完璧に無能だが、ゴキブリのように群れるのは得意だ。 この理不尽な社会において、数が多いということは強いということだ。 その数の力によっておれのアドセンスは潰されて、ネットでは誹謗中傷が許されてしまっている。 許されてしまっているという表現を使ったのは、そこには真の善悪に対する関心はなく、 数が多いということが正しいことを担保してしまうからだ。 言い換えると、おれは社会から「いじめられる方が悪い」と言われているのだ。 これはもうどうやっても覆せない。 こんなことなら白痴に生まれる方がマシだった。 いや、そもそも生まれてきたことが間違いだった。

ネットのアンチに粘着されて辛いから自殺しようと思っている。助けてほしい

かなり驚いたのだが、 この記事を読んで、白痴の人は短絡的に 「アドセンスが恋しいんだな」「誹謗中傷が辛いんだな」 と思うそうだ。

おれは、これをどう読んだらそう読めるのかが不思議だ。 そんなことは一現象でしかなく、真の絶望は、 「今後も能力の劣る白痴によって迫害されていくことへの絶望」 「白痴の方が力を持つ社会に対する絶望」に決まってる。 これ以外にどう読めばよいのかわからないくらいだ。 よっぽど本質に興味がないのだろう。

このように、文章を正しく読むことが出来ない人が存在するということも苦痛だ。 無知ゆえか故意なのかはわからないが、 異常に無神経な言葉の選択をする人間がいることも耐えられない。

きっと適合人間はこう書くと、 「認知のズレがある」なんていうんだろう。 しかしなぜ、他人と同じように自分を評価しなければいけないのだろうか? 正確には「違い」でしかないのに、なぜ「ズレ」や「歪み」などと言った言葉を選択するのか。 それは適合を前提としているからだ。 「狂ってる」などというのも彼の常識を押し付けてるに過ぎない。

そもそも、自殺を悪いことだと決めつけているのも理解出来ない。 生きてることが悪いことである可能性はどうやって排除した?

おれの世界ではガス室行きをまぬがれたこちら側の人間の中にも 白痴たちとなんとかうまくやっていく方が足を引っ張られずに済むから有利だとか 打算によってなんとか適合する人間が存在する。 おれはこれを後天的適合人間と呼んでいる。 対して、ガス室に行くはずだった人間は先天的適合人間だ。

でもおれは後天的適合人間にはどうしてもなれない。 だから、生きてる限りは絶望を続けるしかないことが決まりきってるから、 この絶望から逃れるためにはもう死ぬしかない。 客観的に考えるとそういう結論になる。

完全自殺マニュアルを読み始めた理由

とはいえ、おれには優れた頭脳がある。 それにあと2年か3年くらいは生きられる蓄えもある。

競技プログラミングはこの前水色になったが、 今より2つ上の黄色コーダーまではおれの中では目処が立っている。 全く楽ではないがそこそこ時間をかければ到達することが出来るだろう。 そして、競技プログラミングの価値は、今後上がり続けていくとおれは予想している。

だから一応、まだやれることはある。

というわけでまずは、自殺について調べてみようと思ったわけだ。

それは第一に、自殺についてもっと知識を得て、真剣に考えてみたら 人生に対して別の見方が出来るようになるじゃないかと思ったからだ。 完全自殺マニュアルは読み終えたけど、自殺した人の手記やブログなど、 今後も調査を進めていく予定だ。

第二に、本当に困窮してきた場合には 冷静な頭で自殺について考えることが出来なくなると思ったからだ。 その時に恐ろしいのは、信じられない苦痛の末に死ぬことや、 未遂で終わることだ。出来るだけ楽に死にたい。自殺は罰ではないからだ。 そこで前持って調査しておいて、困窮して混乱した頭でも理解出来るように 自分の言葉で書きまとめておけば、少なくとも大多数よりはマシな 正しい自殺を選択するだろうと思った。 また、日本では出来ない自殺方法もあるだろうから、 それがどれだけ金がかかるかわかっていれば、逆算して死に時を決めることが出来る。

完全自殺マニュアルを読んだ結果

まず、自殺法について優劣がある程度はっきりした。

おれが有力だと感じている自殺法は以下:

  1. ネンブタール:飲んだら眠くなってそのまま永眠出来るから
  2. 首吊り:意識消失が早くて未遂率が低いから
  3. 入水:最後に自分の限界にチャレンジ出来るから
  4. 凍死:見つからなければ確実であり、睡眠薬と酒を飲んでぼんやりしてれば死ぬから

その他は、現実的でないが、キメた状態で上空1キロからフリーフォール出来るなら 飛び降りもアリかなと思うけど、マンションから飛び降りて東京の冷たいコンクリートにぶつかって死ぬのは嫌だ。

次に、目的どおり、 自殺を身近に感じることが出来るようになった。 おれはもう、実行しようと思えば、今日今すぐにでも確実に死ぬことが出来る。 そう考えると不思議なことだが、どうせいつでも手軽に死ねるのだし 金が尽きたら死ぬしかないのだから、 それまではベストを尽くしてみようかという気持ちになってきた。

小学校で自殺に関する授業があっても良いくらいだ。 なぜ、自殺をそこまでして避けるのだろうか?それは生を避けることとどう違うのだろう? そもそもあなたは、自分の心臓が動いていること以外に、自分が生きているといえる根拠を持っているか?

完全自殺マニュアルをシリーズとしてまとめてみようと思った理由

完全自殺マニュアルは広く流通した本だが、 実際に手に入れるのは気が引けると思う。 自殺をリアルに感じたくないと思う人もいるだろうし、 一冊本を読むことに抵抗がある人も多いだろう。

実家に住んでいたらこの本を隠しておく場所なんてない。 もし親に見つかったら大変だ。 適合人間はそういう時「自殺なんてしないでお母さん悲しい」 などとヒステリックに泣いて頼むものだが、その意味のない光景を「勝手に産んだてめえが悪いんだろうが」と思いながら白けた目で見続けるハメになる。 「これから生きてりゃいいことあるさ」なんて言葉は、 それに対して何の保証もしない無責任な人間にしか吐けない言葉だから当然無視してよい。

というわけで、 Amazonやグーグルで自殺と検索してみたけれど 本を買って読みたいとまでは思わない人のために、 シリーズをまとめてみようと思った。

なぜかというと、 おれは誰にも衝動的な自殺はしてほしくないからだ。 衝動的というのは、手法的・精神的の2つを意味する。

手法的というのは、アドホックで不確実な自殺をしてほしくないということ。 自殺未遂ほど怖いものはないからだ。 「私は自殺から生き残った」みたいな著書で自殺未遂ビジネスをして 自殺未遂を美化しようとする人がいるが、あれは本当に迷惑だ。 未遂は常に最悪。絶対に避けなければいけない。 この本の良いところは、自殺未遂したケースについてどうなるか 常に書いているところだと思う。

精神的というのは、 死にたいから死にまーす! は馬鹿まるだしだから、やめてくださいということだ。 もしそれをしてしまうと、「自殺するやつは馬鹿」という 思い込みが一生社会から消え去ることはない。 そうではなく、なぜ自分が自殺するのか、どうして生きることが辛いのか、 徹底的に考えて、出来れば文章としてまとめてから死んでほしい。 少なくともおれが今このブログで行っている作業というのはその一環であり、 今後も続いていくつもりだ。 自分の自殺を意味のあるものにしよう。 そのためには、学ぶ必要がある。

こういう意図でまとめてみたのだが、面白いことに 1991年の時点では有効だったが今は無効になってる自殺法がある ことに気づいたり、1991年以降に起こった自殺と結びつけることが出来た。 これは単純に有意義だったと思う。

あなたが今死にたいと思っているならば、 とりあえずおれの書いたシリーズを読んでみて、 もしさらに知りたいと思うなら本を買って読んでみると良い。 どうせ死ぬことになることになったとしても、 短時間の投資によって、それを楽にそして確実にすることが出来る可能性は高い。

費用対効果の点で、これ以上優れた本をおれは知らない。


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