電験2種への挑戦

これまで話してきたように、おれが電験を目指している理由は、AIによってソフトウェア開発がギュられると読んでいるからである。

より正確には、ギュられるならば電験をとるなり何か動かないと死ぬし、仮に数年後にもソフトウェア開発がギュられないなら、その世界ではAIなしの生身でソフトウェア開発をしてきた経験が必ず活きると読んでおり(なぜかというと、AIありきの経験はゴミだから)、その場合、またソフトウェア開発に戻ることが可能と読んでいるからである。

両者を踏まえ、今はソフトウェア開発をせずリスクヘッジとして電験を目指すべきだという考えに至った。そこで思い切ってソフトウェア業を辞め、電験にフルコミットしているわけである。

電験、すなわち電気主任技術者を目指すのは、AIによってギュられにくい、いわゆる「ギュ耐性」が高いと読んでいるからである。当然だが、おれ自身が電気に対して多少バックグラウンドがあるため有利(試験突破、ブランディング)であるということもある。

電験を目指し始めてから半年が経ち、おれは無事電験3種に一発合格したわけであるが、今現在、おれの読みはアップデートされるべきだろうか。

答えはノーだ。それどころか、ソフトウェアがギュられる確率は以前より遥かに高くなったと考えている。

この数ヶ月(2026年7月から9月)で、AIは急激に知能を向上させ、数学界における難問であるミレニアム問題も解くようになった。それに対して数学界が自分たちのおまんまを取り上げないでくれと涙目になってることはご存じだろう。情けないことだ。数学者に対してはある種尊敬の念があったものだが、幻滅した。今は軽蔑している。数学者は重度知的障害者である。

ソフトウェア開発の能力も、GPT6やOpus5.5は以前のものからの明らかな飛躍があったし、Jevのような新しい形態のAIも生まれてきた。当然、ソフトウェア開発の能力自体今後も上昇していくだろうし、ソフトウェア開発と言われているものも以前のような複雑かつロジカルなものではなく、AIを組み込むだけの発想オンリーになる可能性が高い。しかもそれをAIによって作ることになる。

こうなると、現在の雇用が保たれると思う方が不合理だ。

今後は、AIを使ったソフトウェア(開発)パターンも知見が広まっていくし、現実にソフトウェア開発者が解雇されていくかは日本では法的な問題があるので難しいところだが、新しい雇用が生まれにくくなっていくのは間違いない。そのような仕事を続けることは、かなり危険である。何億円もの資産がすでにあればいい、しかしおれを含め多くの人はそうではないから、リスクヘッジを考える必要がある。

それがおれの場合電験であり、他にも同様にソフトウェア業界からの離脱を図ってる人は散見される。そうやってソフトウェア業界から人が去ることで市場のバランスが保たれるのかとも予想していたのだが、なかなか日本ではそこまで急激に動くことはなかったようだ。色々な意味で残念な国である。

このような理由からおれはさらに上位の電験2種に挑戦する。

多くの人は3種をゴールとして、場合によって何年もかけて取得し、それより上を目指さない。それは、現実的な電気保安業務のほとんどは3種で担当出来るからである。いわゆる街の電気保安は3種でほぼカバー出来る。

ではなぜおれは2種を目指すのか、それは、3種で担当出来ない市場にこそ真の旨味、真のセーフティネットがあると考えているからである。もちろん、もっと電気のことを理解したいという好奇心も多分にあるのだが、自身の生存戦略という意味では、2種の市場にリーチしたいからが答えになる。

さて、その電験2種だが合格は出来るのだろうか。ユーチューブの視聴者には、おれが3種を余裕合格したことや、京大というバックグラウンドがあることを根拠に、2種も受かるっしょと思ってる人が多いが、おれとしてはかなり厳しい勝負になると思っている。よく、中学受験などでは偏差値60を境に断絶があるなどと表現されることがあるが、電験3種と電験2種の間にも明らかな断絶がある。計算分野の難易度が上がったとしてもそれは3種の延長線上でしかないから勉強量とセンスでどうにかなるだろうが、2種2次の論説記述問題は3種とは全く別次元の難しさであると考えている。選択肢でよちよち選べた程度の知識を記述で答えるのはほぼ不可能に近く、知識レベルとしては2種1次の電力を満点レベルに持っていく必要があると思う。

というわけで、電験2種への挑戦はおれにとってもある種賭けになっている。おれはハマッコではあるものの、有り金は全部使うという江戸っ子精神で生きてきたので大した資産もないし、無職故貯金もあと1年分しか残っていないため、この一年で仕留め切る必要がある。二の矢はない。ゴッドエイムで仕留め切る必要がある。

しかし、今42歳であるが勉強は楽しい。最近、58歳で京大経済に入り直して学び直した人が話題になっているが、仕事のことを忘れて勉強に集中出来るというのは幸せなことだ。それがおれの場合は背水の陣というだけであって、本質は変わらない。電気の勉強をこの一年、全力で楽しむだけである。 藤沢秀行の言葉を借りるならこうなるだろう。「無限に続く電気の道は厳しいが、ひたむきに歩む物は幸せだ」。

みなさんも、AIによるギュをきっかけにして、自身のキャリアを再考し、学び直しをしてみたらどうだろうか。例えば、今はAIがあるから起業は本当に簡単になった。だから、起業をするというのも一つの選択肢だろうと思う。もちろん、おれのように資格をとったりするのもアリだし、次のキャリアのために大学に戻って勉強をするのもアリだと思う。

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