社会への興味のなさ

社会は苦手科目

関東の中学受験は、基本的に4科目で行われる。

おれが中学受験生だった時、このうち、おれが得意だったのは算数と理科で、 苦手だったのは国語と社会だった。

苦手な2科目のうちでは、特に社会がだめだった。 国語は、本番までにはどうにかなったのだが、 社会に関しては全くどうにもならず、 通っていた塾の通信簿的なものにも 「社会をもう少しがんばること。これだけでさらに実力が安定します。」と書いてあった。

麻布合格者の6年秋の成績表(算数特化型)

とにかく社会が壊滅的に悪かったのだ。 もちろん、一般的にいうところの悪いというレベルではなく、 一般的な意味ではむしろ優秀という部類には入るのだが、 最難関レベルの受験生として4科のバランスを見れば、社会が最悪で、 一般的な知識問題程度ならばそれなりに正解してくるのだが、 特に麻布のような「本当に社会をしてしまってる」問題には 全く歯が立たなかった。 実際、40点満点中20点とれれば大金星で、 本番は10点かそれ以下だっただろうと思う。

社会に興味がない

なぜ社会が苦手なのか。 これはおれの母親の分析では 「おれは小6時点では精神がかなり幼かったから、社会問題に対して興味を持てなかった」 ということだったが、これが怪しい分析だったことがわかってきた。 もちろん今でも精神的に幼いという可能性はあるが、 おれは今でも、社会問題に対して一切の興味がない。

お前はワクチン薬害に興味があるじゃないかという人がいるかも知れないが、 おれが興味があるのはワクチンが薬害を起こす仕組みそのものと、 ワクチン薬害によって馬鹿が死ぬことであって、 ワクチン薬害問題というものが社会問題になるのだとしたら、 それには興味がない。 頭の悪いやつが勝手に毒を打って死ぬことは、 どう考えても正しいことだ。

この社会への興味のなさは、 他人への興味へのなさと根本的に繋がっており、 おれは他人にも興味がない。 何人かの女と付き合ったこともあるが、 全員から、「私に対して興味がない」と言われている。 日立時代に営業実習をした時にも、ゴリゴリの日立マンから「早川はもっと他人に興味を持て!」と言われた。 ただおれは、 他人に興味がある人間は危険だという考えを持っており、 自分がおかしいと思ったことはない。

他人に興味がある人間は劣っており、危険である。

アプリケーションに興味がない

社会に対して興味がないから社会不適合になるとしても、 それはそれで構わないと思っているのだが、 その一方で、 社会に興味がないことがネックになって、 IT労働者としては損をしているなとは感じている。

ビッグデータという言葉が流行りだしたのは おれが大学にいた頃ではないかと思う。 実際、それは認識として正しいようだ。 おれが大学に入ったのは2005年で、新卒で日立に入ったのは2011年のことだ。

2010年には日本で「ビッグデータ」という言葉が普及しはじめ、2011年がビッグデータ元年ともいわれています。 https://dts-dms.com/blog/what-is-bigdata/

ビッグデータが流行りだした頃、 技術は、

  1. それを保存する技術(ストレージ)
  2. それを解析する技術(機械学習、可視化)
  3. それを計算する技術(HPCとかGPGPUとか)

の3つに分かれて、おれは大学を出てからはまず1をやった。 その頃は、今のようにS3なんかもなかったし、 大規模データを保存するストレージの問題を解決する 要請があったのだ。

こうして、ストレージだとか、システムのいわゆる要素技術のようなところをやっていた。 これは非常に面白く、おれの好みに合った。 こうした開発は極めて論理的だからだ。

しかし今はどうだろう。 世の中は2ばかりだ。 ビッグデータを解析する、 ビッグデータを使って人口知能を作る。 こういったことが流行っている。

もちろん、その深いところには数学や計算機の技術が関わっているのだろうと思うが、 多くのエンジニアは、ベストプラクティスに沿って 作業をしているだけであって、あまりに知的な仕事には見えない。 機械学習エンジニアというタイトルが存在するが、医者に近いのではないだろうか。 いわんや、与えられた人口知能を使ってアプリケーションを作るなどということに 何の技術的楽しみがあるのか、おれにはさっぱりわからない。 パズルをさせろ。

彼らのモチベーションは、 社会が生み出した巨大なデータを使って 社会にある問題に対して何か解決案を示すことにあるのだろうが、 おれにはそもそもの話として社会に対する興味がないので、 これに付いていけない。

オワコン技術者

ITの世界において、要素技術を開発する仕事がどんどんなくなっていることは、 おれが大学を出る前から言われていた。 そうやってどんどん技術がブラックボックス化されていき、 それらをAPI経由で引っ付け貼っつけするだけでソリューションが出来るようになることは ITの勝利ではあるとは言えるのだが、 おれの居場所がなくなっていることは間違いない。 おれにとって面白い仕事はもうあんまりないし、 今後、おれのIT労働者としての価値は急落するのだろうと予想している。

人口知能も一つのキーワードになってくるだろう。 これが発達した時に、プログラマは淘汰されるという人もいるし、 人口知能をうまく操れる優秀な人間だけが生き残るという人もいる。 今のところ、後者の意見が強いし、おれも基本的にはそう思っているが、 特定の分野ではもうかなり前者シナリオも見えてきていることは事実だ。 おれは比較的優秀な方ではあると思うが、 呂布や龐煖のようかと言われると全くそんなことはない。 今となっては、そんな中途半端な人間に許された仕事は、社会問題を解決するアプリケーションを 作ることくらいであり、そういう興味のない仕事で人生をしのいでいるうちに、 それこそそんな仕事は人口知能に淘汰されてしまうのではないかという不安が強い。

おれは完全にオワコン技術者だ。 そう遠くない未来に自殺するしかなくなるだろう。

comments powered by Disqus
Built with Hugo
テーマ StackJimmy によって設計されています。