三島由紀夫「潮騒」のラストシーンを考察すると見えてくる高テスマインド

35歳にして三島由紀夫の潮騒を読みました。そこまで難解な文章ではないですし、中学受験をするような小学生ならば読んでいても良いようなものだと思うのですが、今になるまで三島由紀夫のことを「なんか知らんが思想が深くて勝手に切腹した人」くらいの知識しかなく、小説家としてはとりあげて読むほどでもないのだろうと思ってました。他にも日本には有名な小説がたくさんありますので、それらに先んじて読む理由を考えたこともなかったです。

小学生の頃に読まなかったのはもしかしたら、思想家や同性愛者としての一面もあるため、「中学受験では取り上げられない」という暗黙のタブー視があったのかも知れないです。実際、潮騒は、切り抜いて試験問題の題材になっても良いくらいのちょうどいいものだと思いますし、想像力を膨らませないと回答出来ないような難しい問題も作ることが出来るのではないかと思いますが、潮騒については、デジャブは一切ありませんでした。調べてみると、高校受験では三島由紀夫が題材となったことがあるようですから、中学受験でも題材になっていて良いような気はするのですが。

ストーリー概略

この記事に検索でやってきた場合、潮騒は読んだ上でしょうから、今更物語について書くものでもないと思いますから簡単に話します。

美しい漁師の島に新治という高テスイケメンの若者がいて、その若者が初江という有力者照爺の美人娘と相思相愛になり、ある嵐の夜に裸のまま抱き合うまで行ってしまうのですが(無結合)、そのことをたまたま知った千代子とかいう新治のことが好きで好きでたまらないメンヘラブサイク女に嫉妬され、別の有力者の息子のクソデブ安夫に告げ口されてしまいます。

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新治「初江!」

初江「その火を飛び越して来い!その火を飛び越してきたら」

そしたら安夫は嫉妬から新治と初江がセックスしたという嘘を噂話として島中に流し、照爺は新治に激怒し、家柄のいいクソデブ安夫と初江を結婚させることに決めてしまいます。クソデブ安夫は調子に乗り、ある夜、初江に対して「おいおれとも新治とやったようなことをさせろ!はぁはぁ」と犯そうとするのですが、読者がその世界に送り込んだ大量の蜂によって安夫は成敗されます。それから、色々あって、ついに新治と初江が結ばれるというラブストーリーです。

色々の部分に興味がある人はぜひ読んでください。一日一章ずつ読むとしても、2週間で読めます。ページ数は200ページ程度です。

謎の多い最後の一節を高テスマインドで片付ける

この物語の最後の一節

しかしそのとき若者は眉を聳やかした。彼はあの冒険を切り抜けたのが自分の力であることを知っていた。

は、読者の謎を呼んでいるようで、「潮騒 ラスト」などとググるとお決まりの知恵袋からはじまり、色々な考察ブログがヒットします。自分としても、なぜ新治がこのように考えたのか、考察したいと思います。

自分としては高テスマインドの高まりなのかなと思います。三島にとって、腕が太く、手のごつい海の男は高テスの象徴なのでしょう。

一級航海士をとると宣言するシーンでも、初江は「ええな」と言ってからはにかむだけです。本当ならば、「がんばって」「応援するね」というところでしょうから、高テスの領域に踏み込もうとしない女の姿を描こうとしてるのだと考えられます。これは高テスと女の正しい関係性と言えます。だから、初江は、自分という存在が高テスの新治を守ったと誇らしく思うし、新治は「力がすべて」と思うのです。遡ると、「その火を飛び越してこい!」という初江のセリフは、新治に対して「男として成長して私を抱けるようになれ」という意味だったとも考えられます。自分という女が、新治という男を成長させたということは、初江にとって誇らしいことですから、誇らしいという表現にはこれも含まれていると思います。

もともとテストステロンの高い若者が、航海中の自分の功績が有力者から認められ、安夫という低テスの象徴から初江を実力で奪い返し、高テスとしての純度を高めた結果が、一級航海士になる宣言ということです。嵐の中、新治は船を安定させる命綱をつなぐ命がけの仕事に「おれがやります!」と言って自ら志願するのですが、この時に安夫はただ震えていました。これも、高テスと低テスのコントラストを演出するシーンと思います。千代子を改心させた「美しいがな!」にも高テスの清々しさが表れています。無自覚に、女を惚れさせてしまうというのは高テスの罪深さなのかも知れません。

最後に、命綱をつなぐ仕事に志願するシーンで船長が、それに志願する人間が誰もいない状況に対して「誰もおらんのか!この意気地なしめ!」と罵倒しているのですが、これは三島の「一人でもおれと一緒に立つやつはいないのか!誰もいないんだな!(からの切腹)」演説と被るものがあります。その中で「おれがやります」と言って自ら命を張る高テスの青年が報われるストーリーを描いたということは、彼自身が自分の人生に対して、そういう状況を望んでいたということだと考えます。

ちなみに、私は潮騒を読む前にガイドブックとしてこれも読みました。三島自身のことが何もわからないと、小説を読んでもつまらないことになるだろうなと思ったため。彼の色々な小説を簡単にまとめて解説しているものです。まずはこうしたまとめ本を読んでから入っていくと良いのかなと思います。

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