この世の形「3つの世界」

前置き

ネットいじめにより前途ある若者が自殺してしまう事件が起こってしまったり、 ネット上では事あるごとに脳死的な民主主義運動を繰り広げられていることを見ていると、 この事実から目を背けることはもはや現実的ではない。 そして、「なぜ、そんなことが起こるのか」を知ることによって、 社会をより理解することに繋がると考えるものである。

この世の真実を伝えます。

3つの世界

この世の中は3つの世界に分断されている。 第一セクター、第一世界という言葉はすでに使われているから、 ここでは「級」という言葉を使うことにする。 すなわち、第一級世界、第二級世界、第三級世界に分断されている。

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この図は、人間の頭の良さを表す分布である。 仮に受験における偏差値を用いていることに対して 「勉強が出来ても社会で役に立たないやつもいる」という反論もあろうが、 実際問題として、社会において、受験勉強のレベルでの処理能力、 学習能力、論理的思考力が高いことは大変有利に働く。 大体において、受験に勝った人間が社会の入り口では上に行く仕組みである以上、 この基準を軽んじることは出来ない。

第一級世界

第一級世界は偏差値60以上の人間であり、人口の16%が相当する。 中学受験でいうとSAPIXで50程度、 中学受験の残りによって争われる高校受験でいうと65程度に当たる。

彼らは、「知的エリート」である。 物事を深く思考し、知性によって解決していくことが出来る。 理数系の分野で成果を出すのも、この世界の住人である。

彼らには人気商売は向かない。 なぜならば、後述する第二第三世界の住人に理解されることはないからである。 「変なやつ」ならばまだ良いが、「理解出来ないことを言っててむかつく」などと 目の敵にされた場合は、アンチに付きまとわれることになる。

しかし、人間関係を極力第一級世界の中にとどめ、 自分の高い能力を発揮することに集中することによって生きていくことが出来る。 この生き方がオススメだ。真の友人、真の恋人だけを残し、残りの人間関係は整理しよう。 家族すらも、不要なら切り捨てろ。

第二級世界

第二級世界は偏差値が45から60の人間であり、およそ人口の60%程度が属するマジョリティである。 マジョリティであるが故に、彼らはこの社会で生きる上での強者となる。 多くの同意も得やすいし、人気商売で活躍するのもこの世界の住人である。

とりわけ、偏差値55-60帯の人間は、第二世界と第一世界の間に属しているが故に両方のことを理解出来、 よい橋渡し役として機能することが多い。彼らは第二世界の人間にとって良いリーダーであることも多い。

しかし、思考する能力がそれほど高くないということと、 マジョリティに属するが故に思考停止する方が快適であることもあり、 脳死的民主主義に参加するのはほとんどがこの世界の住人という現実がある。 (第一世界の住人はそうした光景を高みから冷めた目で見ているのだ)

第一級世界の人間はマイノリティである点では不利なのだが、 同時に高い知性を持ち合わせているため、これを活かすことで人生を切り開いていくことが出来る。 第一級世界はこの意味で、マイノリティであることを克服出来る。

第三級世界

第三級世界の人間は、マイノリティである。 しかも、知性もない。

それが親からの遺伝である場合、親も経済的に不遇であることもあり、 その場合、虐待や育児放棄を経験している場合もある。 そうでない場合でも共通して、公教育において常に劣等感を感じ続けながら育つ。 第一級世界の人間のように、知性によってマイノリティであることを克服することは不可能なので、 ある意味、絶望の中生き続けることになる。

結果的に経済的な理由などから犯罪を冒すものもいれば、 第二級世界の人気者や、第一級世界の知性人に対して嫉妬し、 アンチ活動を行うものもいる。

これは優生思想なのか?

違う。

ナチスは障害者の抹殺を行った。(T4作戦) 日本でも、障害者から生殖能力を奪った暗い歴史がある。 最近では、植松聖は障害者を抹殺した。

これらは、そもそも能力的に劣った人間には生存や生殖を認めないという立場であるが、 おれの立場は、人間が自然生殖をしている以上、個体の能力が正規分布をなすことは当然というものである。

この立場に立つと、いかにしてみんなで共存し、 その中でよりよい世界を作っていくかという考えに到達することが出来る。

この中でおれの理想とする社会は、小卒試験を導入し、第一級世界に認定された人間には国の厚い支援の下学業を全うしてもらい、 その他の人間には第一世界の住人に対して干渉しない代わりに、生活を補償し、 好きなことをしてもらうというものである。

第一級世界の住人は、そもそも思考することが好きであり、勉強自体が趣味である人間もいる。 しかしその他の人間にとっては多くの場合、勉強自体が苦痛であることがある。 にも関わらず、強制的にみんな同じ競争をさせて、学業という狭い分野において 勝者と敗者を作り出してしまい、結果として勝者にとっても好ましくない世界になっているのが現状である。 嫌いなことを強制された上に一方的に負け続けるということがどれだけ屈辱的な経験かを想像してほしい。

おれの理想とする世界においては、 全員が自分の好きなことを出来る。 第二、第三級世界の人間も、自分の面白いと思うことをすればいい。 第二級世界からは、人気者が現れるかも知れないし、そうやって生まれるエンターテイメントは 社会全体にとって欠かせない癒やしとなる。 第三世界の人間も、競争に負けてはいないため、勝ち組に対する嫉妬などの感情を持たずに済む。

加えて、小卒試験に向けて多くの人間が全力で勉学に取り組むことによって、 現在のように、小学校レベルの勉強もまともに理解していないという人間は減ることになる。 これによって当然、国民の平均的な学力は向上し、 社会的なIT基盤の導入などを促進する。 その世界においては、第一世界の人間がその他の人間を養うことなど容易い。

ネット規制は天然のガス室になる

木村花が自殺したことで、 日本社会は強烈な勢いでネットの情報開示請求の容易化などに 突き進んでいる。

さて、これによってネットでアンチ活動をしていた人間は裁かれてしまうことになるのだが、 彼らは一体どの世界の住人だろうか。 そう、第三級世界の住人だ。

つまり、彼らは自らの手で、 ガス室のレバーを引いてしまったということになる。

ネット規制は、表現の自由も損なう痛みを伴う形で実現されると思うが仕方ない。 もう社会は後戻り出来ない。 しかし、もっと早く、小卒試験の世界にたどり着いていれば、こんなことにはならなかったのにと 少しばかり後悔がある。おれがこの国の独裁者になれば、もっと良い国にしていけるのに。

ハッシュタグは「#小卒試験に賛成します」でよろしくお願いします。


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