役に立たない宅配ボックス

木場に引っ越してきてから一週間が経った。

このマンションには概ね満足している。会社へはバス停まで徒歩3分 + 乗車10分だし、イトーヨーカドーとギャザリアのティップネスへは徒歩5分、駅へも徒歩5分、歯医者、TSUTAYAなども徒歩5分であり、東陽町まで歩けば生活のために必要なものは100円ショップまで含めて何でもある。おまけに、荒川サイクリングロードまで自転車で10分。私にとってパラダイスのようだ。

しかし、満足ばかりではない。不満もある。このマンションを選ぶに当たって宅配ボックスがあることも加点したが、これが全く役に立っていない。事実、今日は初回宅配に失敗したAmazonを2件受け取るために自宅待機せねばならない。非常に不愉快である。私は待たされることが大嫌いだ。

宅配ボックスは構造的に失敗している。使い方は以下である。

  1. 荷物を中に入れる。
  2. ドアを開けたまま番号を設定する。
  3. ドアを閉める。
  4. 番号をシャッフルする。

ドアを閉めた瞬間の番号がキーとして採用されるという仕組みのため、もし、1、3、2、4という順序でやってしまうと、もとから表示されていた番号が採用されてしまう。そんな番号覚えているはずもないので、大抵はアンロック不可能になる。宅配業者はこんなリスクを負いたくないから使わないというわけだ。彼らからすると、どの道毎日ここらへんを徘徊して配達しているわけだから、再度配達するコストはそれほど高くない。危険を冒してまでクライアントの利便に貢献する理由がないのだ。

では、正しく使えばいいじゃないかという人がいると思うが、それは叶わない。 これは私の実体験である。横浜にある万葉の湯には岩盤浴がある。岩盤浴に入る時には貴重品やメガネをロッカーに入れるわけだが、まさにそのロッカーが宅配ボックス形式なのだ。ふつう、ロックというものはドアを閉めてからかけるものである。マンションのドアもそうであるし、南京錠なども当然そう。従って私は初めにドアを閉めてから好きな番号を設定して、数秒待ってから(その間にキーが生成されると思った)番号をぐちゃぐちゃにした。結局、店員を呼び出してロッカーを開けてもらうことになったわけである。フラッシュ番号記憶であれば10桁を記憶することの出来る私にとっても、たった4桁の番号は、意識せねば覚えられない。 一体何がしたいのだろう、実際にマンションの宅配ボックスには親切丁寧に「使い方を誤るとアンロック出来なくなりますから注意」と書いてある。そんなドキュメントには当然、宅配業者をビビらせる以外に何の意味もない。残念ながら、居住者の利便性に貢献しようという努力が足りないと言わざるを得ない。

この問題の本質は、失敗を許さないことにある。作った側の視点でものが提供されており、利用者側のことは何も考えられていないのだ。 では、どうすればいいかというと、安直には、番号を一切いじらずに閉じてしまった場合は設定を無効化すればよい。ふつう、ドアがちゃんと閉まってるか確認するものであるから、この時点で誤りに気づける。 あるいは、ロックされた瞬間にlockedという文字を表示するとかでもいい。この方法であれば、意図せず事前に番号を設定してからドアを閉めた場合にも対応出来る。lockedという文字が出れば、誰だって、今表示されている番号がキーであることが分かる。さらに用心するのであれば、lockedのあとに番号を表示すればいい。

というわけで、私はこのブログを書きながら宅配業者を待っている。世の中にある多くのシステムは、利用者が失敗しないことを前提に作られすぎている。しかし利用者は失敗するのだ。使うべきものの数は多すぎるため、いちいちそれぞれの使い方を覚えておくことは出来ない。スマートフォンのように、使い方自体が難しい場合も少なくない。では、そういう場合に提供側が意識すべきことは何か?それは、インターフェイスをHumaneにすることである。ヒューメインとは、かいつまんでいうと、人間にとって直感的なという意味である。ヒューメインなインターフェイスについて書かれた本を紹介する。

この本を読んだ上で、さまざまなもののインターフェイスを吟味して欲しい。他のもの(プログラミングであれば、言語、ライブラリ)がどう設計されているのかということを多く知り、これらをベースにして設計しない限りは何一つとしてヒューメインになりはしないのだから。宅配ボックスの例は良い失敗例として挙げることが出来るだろう。


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