【25年目の麻布中学合格体験記】思い出のバレンタインチョコ

これまで25回も続いたこの壮大な物語はこのあと、入試本番、合格発表と話が続く予定だが、その前におもむろに恋の話をしたい。

学業もスポーツも万能な小学生は、モテるものだ。しかし実際には一切モテなかったのだ。サッカーをやってる友達などは、バレンタインに抱えきれないほどチョコレートをもらっていたが、私はまるっきしだった。まるっきしだったと言うといくつかはもらっていたように聞こえるかも知れないからはっきりいうとデフォルトがゼロだった。たった1つの例外を除いては。小さなチョコレートみたいな義理チョコはちょこちょこともらっていたとは思うが、それはカウントしないとして、いわゆる本命のチョコレートとしては、私の記憶に残ってるのはその1つだけである。最終決戦に向かう前に、その話をしたい。

当時、私には好きな子がいた。その子は、日能研に通ってるとても勉強の出来る子で、親は医者だった(と思う)。たぶん、女子としては学年で一番優秀だったと思う。今もそうなのであるが、当時も、上品できちんと教育された女の子が好きだった。周りには「あんなブスがなんで好きなの?」と冷やかすやつもいたが、お母さんが美人なので、たぶん年齢が上がっていくときれいになっていくだろうと想像した。今どうなったかは知らない。

このように、私は何に関しても隠し事が苦手なので、私の恋心は周りにバレていたわけだが、当の本人からは一切振り向いてもらえなかった。たまにふとした流れで話が出来たりするとおおはしゃぎした。

今こうやって合格体験記を書くために記憶と整理してみると、これが私が4年時に一気に成績を伸ばした要因だったかも知れない。

当時、私はその女の子が、他の中学受験生の男子のことが好きだと思いこんでいた。その女の子は優秀だったから自分より優秀な男しか好きにならないのだと思ったし、学年で一番になれば、振り向いてもらえるだろうと信じたわけである。私は、その男子よりは成績が上になったし、学年にはもうひとり同じくらい優秀なやつがいた(そいつも麻布に行った)から、1番か2番かという感じになった。気づけば、周りの野次馬は「どっちが頭が良いんだ?」と噂するようになっていた。しかしそれは私の関心事ではなく、私の関心事はもっぱら女の子に振り向いてもらうことだったのだ。

中学受験まであと一年と迫った、5年生のバレンタインデイ。私は図書室に呼び出された。図書室は、電灯がついておらず、薄暗かった。そして、そこに一人の女の子がチョコレートを持って立っていたのである。その子は、同じく日能研に通う、別の子だった。不細工ではなく、今考えるとどちらかというと美人系ではあったと思うが、全く意図していなかった出来事に衝撃を受けた。がっかりはしなかったし、嬉しいという感情はあったが、この起こってしまった「事件」をどう処理するかというのと、ロクにチョコをもらったことがなかったからお返しをどうすればいいんだということで激しく悩んだ覚えがある。

25年経った今でもはっきりと覚えているのだから、思い出は人生の宝というのは本当だと思う。

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