完全自殺マニュアル「飛び降り」編

自殺最高!!!人生一度切りの自殺を今日も楽しく勉強しよう。 夢が広がりまくりんぐ!

元電通社員の高橋まつりは、 会社での激務を苦にして、女子寮から飛び降り自殺を図り無事死亡。 しかしこれは決して確実な死ではなかった。 というのも彼女が飛び降りたのは4階であり、明らかに高さが足りないからだ。 (電通の女子寮は隣町の門前仲町にあるらしいから、一度調査しにいってもいいかとも思ったが、 女子寮の近くをカメラ片手にうろうろしてたら捕まってしまうよな!) だから、もし彼女が足から飛び降りていたら、死ねたかはわからない。 ということは、頭から突っ込んだか、あるいは、飛び降り時には生きていたが、 その後「なんらか」の形で死んだかだ。

今回は、完全自殺マニュアルの3章「飛び降り」について話す。

しかしその前に、高橋まつりに対するおれの思いを語りたい。

高橋まつりに思うこと

高橋まつりについては、彼女が死んでからも ネットでは誹謗中傷が続いている。 これがあまりにもひどい。 Twitterでの発言を取り上げて、「死は自業自得だ」とか言ったり 「逃げ」だと言ったり。

おれは全くそうは思わない。 貧困家庭から東大に入ることがどれほど困難なことかがわかるし、 その家庭では多少性格が歪むことはしょうがないことだと思うからだ。 「学歴がすべてだ」と思いこみ、強い意志を持つ必要があった。 ただ金で入れる私立医大のことをバカにしたりしたことも、理解出来ることだ。 高橋まつりを晒し上げてる人間はただの学歴コンプレックスかあるいは、 受験戦争の現実を知らない外様なんだろう。

アナキン・スカイウォーカーは、 9歳の時にタトゥーインで素質を見出され、パダワンとしての修行をスタートする。 その後、自分の母親の死、弟子のアソーカ・タノに対するジェダイオーダーの対応に対する不信感などが 積もり積もってダークサイドに堕ちた。 ダークサイドに堕ちるまでに彼が欲したのは、ダークサイドの力だった。 貧困から学歴を頼りに抜け出すというのは、ダークサイドに堕ちなければいけないことなのだ。 学歴という力を頼りに、社会に復讐するくらいの気持ちがなければ無理なのだ。 力(つまり学歴)のないやつは悪だくらいの気持ちが必要なのだ。

逃げという点についても、 おれは決して自殺が逃げだとは思っていない。 むしろ、彼女が今まで努力で積み上げてきたものを考えると、 それを棄てることの重さを知ってるからこそ、 逃げではなく勇気だと思うのである。 彼女はただ人生から逃避し続けた人間ではなく 戦い続けて戦い続けて、 結局電通というブラック企業に入って不幸になったというだけだ。

おれと高橋まつりは似ている。 彼女は死んでしまったし、おれは、会ったことも話したこともない。 こんがらがったことを言ってることはわかっているのだが、 おれは高橋まつりが好きだったのかも知れないと感じることがある。 高橋まつりが死んだ時はなぜこんな理不尽なことが起こるんだと怒ったし、泣いた。 まるで自分のことのように感じたからである。

彼女は貧乏だった。おれも同じだ。 おれも、北海道から出てきた貧しい両親の下に生まれ育った。 たまたま頭が良かったから、中学受験をして麻布中学なんてところに入った。 父親はおれと同じく技術者だったが、時代背景もあり、経済的には恵まれなかった。 おれは父親の無念を晴らすために、ひたすら金のことだけを考え続けた。

高橋まつりもそうだったのだろう。 貧乏から抜け出すために、逆転するために、 たまたま頭が良く生まれたからそこにすべてを賭けて、 東大卒という学歴を手に入れた。 それで、年収が高い電通という会社を選んだのだ。 彼女にとっては、やりがいとかそんなことより、まず金だったのだと思う。

しかし、おれが今思うことは、貧乏出身の人間が学歴を手に入れて、 さらに金を手に入れようとしても、うまく行かないのだ。必ずほころびが出る。 残念だが、これはこの世の真理だと思う。 競争する人間のレベルが自分と同じになった時、 生まれが差となって出てしまう。 おれは、高橋まつりが電通でうまく行かなかったのもきっとそういうことなんだと思う。

恋愛も上手くいかない田舎の貧乏母子家庭育ちのこの子には24歳東大卒で電通勤務なことしかアイデンティティがなかったんだね。

というコメントがあった。 「しか」という表現にはねたみを感じるが、 大枠では言ってることは正しいと思う。 彼女は、貧乏出身だからこそ、学歴に賭け、電通という一流企業に入り、 なんとかして逆転しようとしたのだ。 彼女にとってもっとも重要なものをアイデンティティと呼ぶのであれば、 東大卒で電通社員であることはまさにそれだっただろう。

きっと東大時代から、 周りは私立のお嬢様学校の出身だとかそんなのばかりで 鬱陶しいと思っていたことだろう。 露骨に鬱陶しくなくても、本人はそう感じていたことと思う。 それは紛れもなくコンプレックスである。 おれも麻布学園時代はそういうものを感じていたからわかるのだ。 もしかしたら、東大に行きたくないと思ったのは、 そういうこともあったかも知れない。 あの苦労を知らないキラキラした感じがとてつもなく嫌だった。 このキラキラした感じというのは、

もう一面は、Googleの「光属性」に耐えられなかったというものだ。

ぼくはこうやって(8年前)Googleに入った

と同じものだとおれは思っている。

たぶんだが、 電通に入ってからも同じで、 周りは高級車や高級スーツの話をするやつばかりで、 うんざりしていたのだと思う。 そしてこれは推測だが、そういう溶け込めなさが、 電通での働きにくさにも影響していただろうし、 「田舎者はこれだから」などと言われたこともあったのではないか。 彼女の電通での最後の方はずっと残業で休みもなしということだったようだが、 それは、仕事のクオリティが低かったことにも依ると思う。なぜかというと、鬱病の人間にクオリティの高い仕事が出来るわけがないからだ。 しかしそれ自体が、彼女の早く出世したいという焦りなどが根本にあり、それが積み重なった結果かも知れないとなると やはり、やはり貧困が根本原因なのだ。

最後は、自分の人生を呪っていたと思う。

一応だが、おれと彼女の違いはある。 おれは、裕福な家庭の出身は、それはそれで悩みがあるということを知ってるということだ。 おれの麻布時代の友達はとある超有名企業の元CEOだし、 親がスーパー有名人だから本人は悩んでるなんていうパターンはいくらでもあった。 親が開業医だからそれを継ぐために医者になるというのだって、 傍からみたら幸せかも知れないが、本人はそうでもない場合がある。 裕福な人間にも裕福なりの悩みがあるということを知れたのは、良かったと思う。 それに比べて、貧乏の悩みというのは金がないの一言に尽きるから、ある意味単純だ。 それでも、裕福な家庭に生まれる方が良いには決まってるが。

飛び降り自殺のポイント

さてここからが本題になるのだが、 飛び降り自殺は簡単だし、首吊りと同じくらい優秀な自殺法だ。

飛び降りるのはさぞ怖かろうと思うかも知れないが、そうでもないようだ。 実際には飛んでる時間というのはそんなに長くない (抵抗のない垂直落下なのでジェットコースターの落下より明らかに短い)し、 中には叫ぶ人もいるらしいが、叫ぶ暇もないくらいということは計算すればわかる。

具体的には本当に空気抵抗がゼロだと仮定すると、25メートルの高さから飛び降りると、 2.25秒後には地面に衝突していて、その時の速度は79km/hだ。 仮に高さを倍の50mにしたとしても、3.19秒後には地面に衝突していて、その時の速度はなんと112km/hだ。 確実に死ぬのであればやはり高さ50mくらいのところから死にたい。 まぁでもおれは、どうせやるならもっと高いところからやって、命を懸けた自由落下を楽しみたいと思う。 今なら、GoProを使ってライブをしながら死ぬというのもありだ。

さらに、飛び降りる瞬間に気合を入れないと飛び降りられないというのであればそもそも自殺なんかしないだろうから、 すっと身を投げ出して、数秒後には意識がない。そのまま死ぬ。 十分な高さがあり、下がコンクリートの場合は、頭から行かずとも、結局頭を打つし、心臓破裂などで結局死ぬ。

ただ、場所は十分に選ぶ必要がある。

まず高さは、確実に死ぬのであれば、8階くらいの高さが必要だ。 高橋まつりの飛び降りた4階だと、死亡確率は半々だから、最後の最後に彼女は運を引けたことになる。 下はコンクリートである必要がある。花壇や、車のボンネット、自転車置場の屋根、木、電柱などがあってもいけない。 それらに一切当たらず、コンクリートの地面に全力でぶつからないといけない。 服装も、コートなどを着てるとそれがマント代わりになってしまうから、軽装が良い。

窪塚洋介は、アイキャンフライといってマンションの9階から飛び降りた。(自殺かは不明) 十分な高さがあったにも関わらず、途中でフェンスに引っかかってスピードが落ちたため、死ななかった。 しかしそれでも重体で、端正だったマスクも完全に修復するには至らなかった。 フェンスに引っかからなければ確実に死んでいた。

もう1つ注意することは、下に人がいてもいけない。 これは、それがクッションになって生きてしまうという場合もあるし、 下にいた人間が死んでしまった場合、遺族に高額な慰謝料が支払われるからだ。 もちろん、遺族に恨みがある場合はその限りではないが。

キャンユーフライ?イエス!ウィーキャン!!!


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