陸上十種競技のスコア計算法の歴史

日本の右代啓祐選手が日本陸連のトロールにより危うくドーハ世陸に行けなくなりかけましたが、後に招待を受け取って無事にドーハに行けることになったということで大変嬉しいわけです。

十種競技(英語ではdecathlon。decaというのはギリシャ語で10の意味)というのはトラック種目、フィールド種目、跳躍種目とほぼすべての陸上種目をやって総合得点を競う種目です。それぞれの競技で記録に応じたスコアを計算し、それを足し合わせます。今回は、このスコア計算法について話します。

この競技で勝つためには、すべての種目でそれなりに高いレベルのパフォーマンスを出さなければいけない上に、たった2日で全種目が行われるため、キングオブスポーツなどと呼ばれます。

実際に、トップレベルの選手は190cm近い大柄でバキバキの男たちがほとんどで、UFCなどメジャーな格闘技に出ていれば世界で戦ってもっと稼いでいたような人たちの宝庫です。

以前にテレビ番組で同じく十種競技出身の武井壮さんが、室伏はハンマー投げをしていなければ100億稼げていたなどと言ってましたが、右代選手もそんな感じの選手で、196cm95キロの体格で100メートルと11秒ちょいで走り、1500メートルも4分半で走り、幅飛びは7メートルを超え、砲丸を15メートル飛ばし、やり投げも70メートル以上飛ばすという超人なのです。まずこんな体格の人が日本からほとんど生まれないわけですから、もし格闘技をやっていてくれたらどうなっていただろうかとよだれが出ます。こんな人が人を殴ってはならんとは思いますが。

今回は、今まで暗黙的にそんなもんだろうと思っていた十種競技の得点システムについて調べてみた結果を共有します。

これを知ると、十種競技を見るのがより楽しくなるでしょう。

基本的には以下のwiki(英語)の解説になります。

Decathlon scoring tables - Wikipedia

1915年以前は世界記録をもとにしてリニア計算法だった

1915年以前は世界記録やオリンピック記録を100とした時に、いくらになるか?という計算方法を使っていました。これを数学の用語では線形(Linear)といいます。

北欧では、地域の記録が用いられていたり、オリンピック記録が更新されると計算方法も更新されたりと、色々とカオスな状況でした。

1920年、IAAFがこれはあかんとおもむろに検討をはじめる

線形による計算方法は明らかなデメリットがありました。

ふつうに考えると、記録が人間の限界に近いほど1点を得やすくなるべきです。例えば100メートルでいうと、12.1から12.0の0.1秒と、9.7から9.6の0.1秒では、後者の方が限界に近いのだから評価されるべきです。線形の場合、このどちらもが等しく扱われてしまいます。

IAAFはこれを問題と考えて、スコア計算法は以下のような性質を持つべきだと考えました。

  1. 人間の限界に近い記録の方がスコアの一点を得やすくなる
  2. 種目間で同じ競技レベルであれば、同じスコアがつく

この性質を満たすスコア計算法を探すためにここから50年以上失敗を繰り返します。

1934年、指数関数による計算法が導入される

もっとも素直な解として、実は現在がこうなっているのですが、Progressiveな指数関数による計算方法が考え出されました。

指数関数は、xが大きくなると猛烈にyが大きくなっていく性質があり、「人間の限界に近いほど一点を得やすくなる」という性質は獲得出来るわけです。

フィールド種目など、「高い方が勝つ」種目ではそのままxとして使い、トラック種目のタイムなど、「低い方が勝つ」ものではその逆数である速度をxとして使うことにしました。

この時は、世界記録を1150点として、訓練を受けていない子供を0点とし、そこに指数関数をフィットさせました。

1962年、フィールド種目が下方修正される

しかし、1962年になり、フィールド種目が強いスペシャリストが勝つという現象が生まれました。逆に、平均的に高いパフォーマンスを出す人が評価されなくなったのです。

スウェーデン陸上協会のジョルベックさんは、フィールド種目をナーフ(ゲーム用語。弱化のこと)することにしました。

その理由はこのようなものでした。投擲などのフィールド種目では、記録が初速の2乗になります。(運動エネルギー分の距離飛ぶからです)この性質が、フィールド種目では人間の筋力など能力向上が記録に結びつきやすく、フィールド種目のスペシャリストに有利に働く原因となっているというものでした。

こうして、フィールド種目はRegressive(Logのようなグラフ)になるように、理不尽なくらい強烈にナーフされました。まるでネットゲームである武器が強いといきなりナーフされたりする現象と同じで、この頃の選手たちは運営に選手生命を握られていたわけです。

1984年、現在の計算方法が編み出される

その結果、当然ですが、フィールドが得意な選手たちは不遇の時代を迎えることになります。というのも、この頃になると選手たちのフィールド種目での記録は世界記録にどんどん近づいてきており、もはや記録を伸ばしてもあんまりスコアが伸びないというところまで来ていたからです。上のグラフでRegressiveというグラフがどんどん平坦になっていくのを見てください。この平坦部分に来ていたというわけです。こうして、十種競技の選手たちは、フィールド種目の努力をするのをやめていきました。

IAAFはこの事態を重くみて、今度こそ真剣にスコア計算法を考えることにしました。彼らはチェコプラハでおもむろに会議を開き、以下のような性質を持つスコア計算法を作るべきだと合意しました。

  1. 個別の種目のスコア計算法とは別のものであるべき
  2. 異なる大会の間のスコアを比較することにも使えるべき
  3. 現在のものの修正版、線形版、指数版のどれかにする(結果として指数版が選ばれた)
  4. どのレベルの競技者にも共通のものであるべき
  5. 男女の間では別のスコア計算法を使う
  6. 素人ではなく、トレーニングした競技者のスコアをもとにしてテーブルを作る
  7. 未来永劫使えるものである
  8. トップレベルの選手のスコアは、新しいスコア計算法においても以前と同じ程度になるようにする
  9. 可能ならば、スペシャリストが勝てないようにする

このような難しい問題を解いた結果、今のように指数関数を使った計算システムになりました。(y=a*(b-x)cのa,b,cが種目によって違うだけです)現在は、大学の選手などの記録を使ってa,b,cの値を決めているはずです。a,b,cの値はほんの少しだけ修正されたことがありますが、基本的にはずっと同じものを使っています。

2019年、スコア計算法に対する私の考え

世界記録で見ていくと、今強い選手は全員、走力があります。投擲では、右代選手の方が記録が良い場合がありますが、右代選手は100メートルが11秒ちょいに対して、彼らは10秒5を切ってくるレベルなので、そこで大きな差が付きます。十種競技自体が、走ったり飛んだりする種目が多いので、結果として走るのが速い選手が勝つという構図になってるような気がします。

ただ理屈上は、フィールド種目が指数関数で計算されるというのは有利なはずですから、おそらくジョルベックが一度フィールド種目を思いっきりナーフした反動で、今度はフィールド種目では得点が出にくくなってしまったのではないかと思います。フィールド種目は世界記録に近い記録を出すためには体重も必要ですし、世界記録に近づくことは100メートルなどより難しいのではないかと思います。そういう意味では、今現在でも、十種競技のスコア計算法には課題があるとは思うが、長く使っているものなので、今後変更されることはないだろうなと思いました。

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