共学はゴミ。公立中学を別学化せよ。

中高共学出身の人間と価値観が合わない。

特に、共学出身の男というのは、男として未熟な中途半端者に見えることがある。

その理由を考えると、 特に中学生の頃というのは混乱した時期であり、 この時期に男女を一緒にすることが悪いのだという考えに至った。

この時期では、男女の力関係も入れ替わる。 小学校の高学年では、女子の方が身体の発達が早く、 力関係も対等か女子の方が強いことすらある。 しかしそれが中学校で逆転する。 男子は女子より10センチ以上も大きくなり、 入学当初とは全く別の生き物になる。 性的にも一気に本格化する。

このように混乱した時期を男女で混ざって過ごす時期は、 それ以降訪れない。 従って、この時に醸成された価値観は無意味なだけでなく、 害になりうる。

この混乱した関係性の中では、 お互いのことを正しく理解しあうことが出来ない。 従って、関係性は極めて無難なものにならざるを得ない。 それは公立においては内申点という制度があるからより顕著になり、 内申点のない私立においても本質的には避けられない。

そこで生まれるのが 異性にとっての異性という考え方だ。 つまり、男というのは女にとっての男であり、 女というのは男にとっての女であるという考え方だ。 こうやって、相手に依存した形で自分を定義することで 混乱の中でも自分という存在を安定させることが出来る。 囲碁将棋でいえば、難しい局面で相手に手を渡すようなものだ。

この定義の仕方では 結局何も決まらないから、結果として 2分の1的な中途半端な性が生まれる。 おそらくこれが、共学出身者から未熟さ、 中途半端さを感じる理由だと 考えている。 この国にはびこる意味不明な男女論も、公立から生まれた この中途半端な性が根底にある。

男子中高一貫校は素晴らしいところだ。 おれが中1で入った時には身長は155センチしかなかった。 しかし部室に行くと、完全体の男がいる。 筋肉量がまるで違う。 そういった男がパンツ一枚で校内を歩き回っている。 しかしそんな人間が、来年には東大に合格する。 こうやって、自分が成長した姿を見て、自分の性である「男」とはどういうものなのかを 早く知ることが出来るのが、男子中高一貫の最大の長所だ。 それは女子の場合も同じだろう。

最近、中学受験では共学校の人気が上がり始めている。 しかし実際のところ、これはほとんどの場合が親の希望に影響されたものだ。 子供には、思春期を異性と過ごしてほしい、 正しい男女関係を築く方法を学んでほしいというわけであるが、 これは上のような考察すら一切せずに盲目的に思い込んでいるに過ぎない。 おそらくその思い込みは、大は小を兼ねる的な発想と、 自身が共学出身であることに拠る。

この前、(麻布落ちの)渋幕出身者がこんなことを言っていて笑ってしまった。 簡単にいうと、 男子校出身者の中には大学に入ってから女子との付き合い方がわからずにおどおどしているやつがいる、 だから男子校は悪いというわけであるが、 逆にいえば、未知の生物に出会ってその付き合い方を模索する貴重な機会を失ってしまってる分 共学は悪いという言い方も出来るわけだが、そもそも麻布に落ちるバカはこういった考えには至れないらしい。

きっと、共学人気というのは、こういった「共学の方が良い」と信じているだけの 視野狭窄のバカに支えられており、ロクなものではない。 卒業生が片っ端からつまらない人間であることがすぐに判明してまもなく失速することは間違いないが、 この記事にたどり着いた幸運な読者におかれては、中学受験をする際には別学への進学を検討されることを願う。

国としても、公立中学の別学化を推進すべきだ。 おそらく学力面でも、メリットがあるだろう。 それで、お互いにある程度成長したあとに、高校で合流するであれば、 おれは共学も悪くはないと思う。しかし、中学からは早い。

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