パパは塾長さん(芥川賞作家が書いた中学受験体験記)

中学受験の体験談は大抵、合格直後に書くものだ。 しかし、中には大人になってから当時のことを思い出して 中学受験体験記を書いてしまう異常者もいる。

おれは「25年目の麻布中学合格体験記」をこのブログで書いたし、 開成・栄光・筑駒合格の西湘レーラーも書いている。 あのルシファーも、noteで中学受験時代のことについて綴っている。

中学受験を経験した親がビジネスのために親目線の中学受験を書いたり語ることもあるが、 もしその親が芥川賞作家だったらどうだろうか。 実は、そんな小説がある。

著者の三田誠広さんは、1977年の芥川賞受賞者。 この小説は、著者が、次男の中学受験を付きっきりで面倒を見た時のことが書かれている。 合格年が昭和63年だから、おれが中学受験をする約10年ほど前のことだ。 数字や暗記には異常に強い一方で日本語の習得が遅れ、まな板のことをまごいたと呼んでしまう能力の非対称性や、 あまりにも素直故に周りに染まりやすい性格をもつ次男を 公立中学に入れることを不安に思った著者が、 何の知識もない状態から塾なしの中学受験を始めるストーリーである。

中学受験を知れば知るほど、中学受験がいかに難しいものであるか、 本質は世間の誤解するような詰め込み教育ではなく深く思考することにあるということがわかってくるのであるが、 その根拠として幾度となく麻布や武蔵と言った御三家の問題が取り上げられ、 御三家が持ち上げられる。 これが、御三家出身のおれを何回も歓喜させた。

一つ紹介しよう。

人間は生まれながらにして平等である、というのが、近代民主主義の基本理念だ。それは理想ではあるが、現実ではない。 実際には、生まれつき頭のいい子供というものが、確かに存在する。 天賦の才能に恵まれなかった子供は、いくら努力しても、麻布・武蔵の入試に合格することはできない。

麻布・武蔵に合格する子は天賦の才能に恵まれている!!! 芥川賞作家が言うのだから間違いない。 これは、芥川賞作家をわからせたことになるから、非常に気分が良い。 おれは実質芥川賞受賞者ということでいいよね。

もう1つ紹介する。

「四谷大塚」の「C会員」というのは「御三家」を狙う特別クラスである。ここに入っていれば、麻布や武蔵でも 50前後の偏差値で合格圏になる。つまり、クラスの平均なら「御三家」が狙えるわけだ。

おれは四谷大塚のC会員だったから、 これも当時を思い出して懐かしくなった。 サピックスのα、浜学園のV、早稲アカのSSなど、最上位クラスはどこでも熱いものだ。 同様に当時の四谷大塚のC会員も、最高に熱かった。 ある時の成績優秀者一覧を見ると、麻布の同期が20人ほど見つかった。

このまごいた少年は結局、 強力な算数パンチが圧倒的有利に働き、 最初は準会員にも合格しなかったにも関わらず、 最終的に駒東に合格するわけであるが、 志望校選びのために著者が考え出したM指数というのがなかなかユニークだ。

M指数というのは、東大合格者数を日大合格者数で割った値だ。 これは何を意味するかというと、 当然、東大合格者数が多いことはその学校のレベルが高いことを意味するが、 一方で仮に日大合格者数が多ければ、それだけ落ちこぼれる子供が多いことも意味する。 その調整をするために日大合格者数で割るということである。 このM指数を指標にすると、学校の本当の教育力が見えてくるという理論である。

著者はこのM指数を使って 子供の志望校を決めるわけであるが、 その際に使用する数字が、昭和62年のものなのであるが、 これが今とはまるで違って面白い。 今と全く違うのは、武蔵の東大合格者数がなんと79名もいること、 一方で聖光は22名、浅野はたったの8名ということだ。 こういった昔の中学受験を垣間見ることが出来るのも、この本の楽しみといえる。

現代の中学受験とは異なる部分もあるだろうが、 中学受験の雰囲気を感じ取るには良い本だと思った。 なにより、芥川賞作家が書いているから読みやすい。

しかし致命的に再現不能なところがある。 小説には長男も登場し、次男とは対照的に、 感情が豊かで孤独を好む、芸術肌の子供と書かれている。 小説の後日談では、長男は公立中学から都立の芸術科に行き、藝大でピアノを専攻したとさらっと書いてあるが、 きっと三田貴広さん であろう。 次男にしても、5年から中学受験をはじめて塾なしで、最初は準会員不合格レベルから駒東合格まで 一気に伸びるなんていうことは、一般的には考えられないことだ。 何のことはない。長男も次男も天賦の才能に恵まれていただけのこと。 よい子は2年生からSAPIXに通ってガリ勉、これが現代中学受験のスタンダードだ。


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