10年前に買ったロードバイクを売った

サイクリストとしての目覚め

スポーツバイクには、大学生の頃、バーベルを引退してから乗り出した。

最初に乗ったのは、Scottのクロスバイクで、7万かそこらのもの。 京都はサイクリングが楽しい町で、おれは八瀬を登って、途中で左折して、ひぃひぃ言いながら「クマ注意」 と書かれた立て看板のある山道を登って、それから北山の方から左京区に返ってくる道を朝に攻めるのを結構やった。 このコースをおれはツールド八瀬と呼んでいて、自分なりにタイム向上を狙って走るのは楽しかった。

他には定番の急坂でトレーニングしたり、八幡サイクリングロードにも行ったことがある。

しかしこのサイクリングロードが最悪の体験だった。 おれはまだクロスバイクに乗りはじめたばかりの頃で、栄養補給のことなんか知らなかったから、 サイクリングロードを走ってる時からすでに朦朧としていて、 京都市内に入ってあとは帰るだけだと安心したからか、ふいに注意力がなくなってしまい、工事現場のポールに突っ込んで思い切り転倒したのだ。 正確には急ブレーキで前輪をロックさせたため、前に放り出される形でおれは地面に叩きつけられた。 そして最悪なことに、ヘルメットをしていなかった。 麻布学園では柔道の授業があり、そこで受け身は何度もやってたから、なんとか頭から地面に突っ込むことだけは回避出来たが、 それでもある程度は打ったため、しばらく酔った感じになってまっすぐ立てなかったが、正気を取り戻した時に手をみると血だらけだった。 これはちょうど四回生になって研究室に配属された頃、これから院試の勉強を始める頃のことだ。 あまりにやばい光景だったのか、誰が呼んだ救急車がやってきて搬送される途中、おれは 「おれの天才的な脳はもう駄目だろう。これで人生は終わりだ」とも思ったし、 手は血だらけだったからどこか骨折していて院試を受けることは出来ないだろうと思ったが、 救急隊の人は「あなたはがっちりしてるからたぶん骨は大丈夫でしょう」と言ってた。 実際、骨は全く無傷だった。当時、パワーリフティングを引退してから少しずつ痩せてる時だったが、 それでも体重は80キロ超あり、がっちりしていたから、筋肉の鎧によっておれの骨は完全に守られていた。

ありがとう、プロテイン。

その一回で自転車は怖いとやめる人もいるだろうが、 おれはヘルメットを買って、山を攻めはじめた。

これがおれのサイクリストとしての始まりだ。

あくなきスピードへの探求。ロードバイクの購入

クロスバイクは、高速で走るために作られた自転車ではない。 もちろん、ママチャリよりはスピードは出るし、街乗りには良いのだが、 もっとスピードを出してみたいと思った。

新卒で日立に入ってから、ロードバイクを買った。 GIOSというイタリアの会社のSessantaというバイクだ。 定価で18万程度。極端に高くもないが、極端に安くもない、エントリー向けのバイクという感じだった。

会社は戸塚にあり、寮は保土ヶ谷にある。 横浜というのは自転車を乗るにはそこそこいいところで、みなとみらいの方に行くと町並みはきれいだし、 湘南の方に出て小田原まで行ったこともある。この時はトイレ休憩で寄ったスーパーで当時の所長と出くわした。 向こうは一兵卒のおれのことなんか知るわけもないが、当時のおれからすると所長といえば神のような存在だから、 なぜだか日立はいい会社だなあなんて錯覚したものだ。

一番走ったのは、寮と品川を往復するという道で、京浜一号線・二号線はかなりフラットでまっすぐだし、 車の流れもある程度あるためスピードも出せる。 車からするとスピードが中途半端に高いロードバイクというのは迷惑らしいが、そんなこと知ったことではなく、 とにかく飛ばしまくった。スピードに乗ると時速40キロくらいは出て、かなり気持ちいいものだ。 途中寄り道して羽田空港の方にも行ってみたりした。 横須賀から三崎口まで行き葉山から回って帰ってくるような「旅」もした。

トレーニングとしては、寮の地下の自転車置場にサイクルトレーナーを置き、 ひたすらもがいていた。

保土ヶ谷に住んでいたころは、ロードバイクが本当に楽しかったと思う。

東京はサイクリストの墓場

それからおれは、 退職します。拝承 でご存じなように、転職をし、東京の江東区に住むことになった。

ここでおれのサイクリスト人生は終わった。

ここに来てから走ったのは、荒川サイクリングロードと、お台場だけだ。 荒川サイクリングロードは、というかサイクリングロード全般だがずっと同じ風景を走るだけで全くおもしろくないし、 お台場は一周して戻ってくるのでちょうど30キロくらいで、1時間くらいで済むため主に朝走っていたのだが、 田舎者がなぜかありがたがるお台場も何度も走っていると飽きてきて、途中からはフジテレビに向かってファックサインをしているくらいだった。

東京はほぼどこでもジムがある。 おれの家の近くにもジムがあるため、筋トレを再開したこともあり、やがてロードバイクには乗らなくなった。 もうかれこれ4年くらいは乗っておらず、ただバイクタワーにかけられていてホコリまみれだったので、 色々思い出もあるがそろそろ手放そうと思って売ることにした。 自転車本体が2万2千円。その他サドル(コンコールライトとかセラSMPストラトスとか)も売って、合計で2万5000円。 部屋がすっきりしてお金までもらえるなら、こんな良いことはない。

東京のロードバイクは悪い

おれは、東京の23区に住むのであればロードバイクはおすすめ出来ない趣味だと思った。

走るところがないということもそうだが、荒川CRに出るにしても、道が混みすぎてる。 いちいち都営バスにひっかかり(バスを追い越すのは結構勇気がいる)、 ロードバイクに乗っているやつは富裕層で憎いのか、タクシーには幅寄せされる。 何度もタクシーに殺されかけたものだ。

次は家賃問題。ご存知のとおり、東京の家賃は高い。 もし、おれの部屋を30%狭くしていいならば、家賃は2万くらいは安く出来る。 ロードバイクというのは、部屋の中に置くのにものすごいスペースを必要とするわけで、 実質的に月に1万か2万くらいの保管料を払ってるに等しい。 おれの場合は、バイクタワーというのを使って自転車を掛けていたわけだが、 これが決して完全なものではなく、たまに固定が緩んで倒れてくる。 過去に4回、バイクが倒れてきたことがある。すべて夜中寝ている時に。 睡眠の質が悪いとそれだけで日中の効率が劇的に落ちる年齢になってきたこともあり、 これは本当に嫌だった。今度いつ倒れてくるのだろうといつも心配するのも嫌だった。 もしバイクタワーを使わないのでれば、ロードバイクはより多くのスペースを専有することになり、 まじで邪魔なものとなる。

先週の金曜日に寝てる時に倒れてきたのに頭に来て、 速攻で買取ショップに連絡をした。

トレーニーとサイクリストは両立不能

これがおれがロードバイクに乗らなくなった最大の理由だが、 筋肥大とロードバイクは最高に相性が悪い。 筋肥大は筋肉を肥大させるためアナボリックな環境を作り続ける必要があるが、 対してロードバイクは有酸素運動であり、身体をカタボリックにしてしまう。 つまり、筋トレとロードバイクは理論的に両立しえない。 ではどちらを捨てろと言われたら、仕事との両立もしやすい筋トレということになる。 ロードバイクは怪我をしてしまったら仕事が出来なくなるし、場合によっては障害につながることもある。 そもそも、ロードバイクの前傾ポジションは頚椎に悪い。

東京でロードバイクに乗ることはそもそもつまらないのに、 もしそうなってしまったらなおのことバカバカしい。 リスクとリターンが全く釣り合ってないのだ。

だからやめた。


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